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理念なき定数削減議論
衆議院の選挙制度改革に関する各党協議会が迷走している。小選挙区を0増5減する、比例は全国単位とし定数を75減らし、内35議席は「連用制」とする、などの2度目の座長提案がなされたが、各党は一斉に反発し、取りまとめを断念したと報道されている。こんな理念なき複雑怪奇な案は、到底国民に理解されないだろう。取りまとめ断念は当然である。問題をこじらせている要因は、最高裁から指摘されている一票の格差是正の問題と、消費税論議を前にマニフェストに掲げた定数削減問題を絡ませ、混同しているところにあると言わざるを得ない。
そもそも選挙制度は、どのような政党政治の姿を目指すのか、どのような議会制度や統治の形を想定して制度を設計するのか、という観点から議論が深められなければならない。94年の政治改革法の成立時の国会論議では、こうした点についても数年にわたって議論がなされた。結果、小選挙区比例代表並立制に集約されて行ったが、民意の反映や統合機能について、さらには日本の議会制度の歴史や総括、諸外国の制度の長短など、幅広く、深い議論の末に辿り着いた結論であった。
今回の迷走ぶりを見ていると、数合わせ、マニフェストへのこだわり、中小政党の主張などを小手先で繋ぎ合わせて消費増税の前提をクリアしようとしている印象を拭い切れない。、選挙制度や議会制度は国の統治の基本に関わる問題だ。参議院の改革を含めて議論が深められなければならない。理念なき小手先対応で処理される課題ではない。決して先送りを主張するわけではないが、消費増税の前提として拙速に対応すべき問題ではない。取り敢えず、一票の格差是正を先行させたらどうか。
そもそも選挙制度は、どのような政党政治の姿を目指すのか、どのような議会制度や統治の形を想定して制度を設計するのか、という観点から議論が深められなければならない。94年の政治改革法の成立時の国会論議では、こうした点についても数年にわたって議論がなされた。結果、小選挙区比例代表並立制に集約されて行ったが、民意の反映や統合機能について、さらには日本の議会制度の歴史や総括、諸外国の制度の長短など、幅広く、深い議論の末に辿り着いた結論であった。
今回の迷走ぶりを見ていると、数合わせ、マニフェストへのこだわり、中小政党の主張などを小手先で繋ぎ合わせて消費増税の前提をクリアしようとしている印象を拭い切れない。、選挙制度や議会制度は国の統治の基本に関わる問題だ。参議院の改革を含めて議論が深められなければならない。理念なき小手先対応で処理される課題ではない。決して先送りを主張するわけではないが、消費増税の前提として拙速に対応すべき問題ではない。取り敢えず、一票の格差是正を先行させたらどうか。
大震災1年
大震災1年が経過した。懸命な復旧へ向けた努力が続いているが、一方でさまざまな課題もまた明らかになった。がれき処理では「絆」が問われた。すべての都道府県で少しずつ引き受ける以外に方法がないものを、汚染の危険を理由に各地の住民集会等で異論が出され、処理が進まない状況が続いている。ようやく政府の要請や世論の後押しで受け入れ自治体が増えてきたのはここ数日のことだ。「絆」を語るには疑問符が付いた。
除染によって生じる汚染廃棄物の中間貯蔵施設も関係市町村との調整が進んでいない。
そして原発再稼動も判断の時期を迎えている。安全性の確保や事故への備えは充分か、経済活動や日常生活にもたらされる電力不足やコスト上昇を甘受できるか、など地元自治体だけでなく国民全体で冷静な議論が求められる段階を迎えている。
公的精神の衰退などと論評されたりしているが、政府の対応だけでなく、長年、中央の支持やマニュアル行政に慣れきってきた地方自治体の課題が浮き彫りになった感じを持つのは仕方ないことだろうか。
こんなとき吉本隆明氏が亡くなられた。思い起こして本棚を見たら学生時代に買い求めた「擬制の終焉」「言語にとって美とはなにか」「「共同幻想論」「異端と正系」「自立の思想的拠点」「吉本隆明詩集」などの著作が変わらぬ姿で並んでいた。それらはいずれも咀嚼できず、中途で投げ出した苦い記憶ばかりのものである。それでも理解したような顔をして友人たちと議論した若く青い自分の姿が思い出される。今更ながら恥じ入るばかりである。
偉大な思想家吉本隆明は大震災後1年の情況をどのように評論するのだろうか。
除染によって生じる汚染廃棄物の中間貯蔵施設も関係市町村との調整が進んでいない。
そして原発再稼動も判断の時期を迎えている。安全性の確保や事故への備えは充分か、経済活動や日常生活にもたらされる電力不足やコスト上昇を甘受できるか、など地元自治体だけでなく国民全体で冷静な議論が求められる段階を迎えている。
公的精神の衰退などと論評されたりしているが、政府の対応だけでなく、長年、中央の支持やマニュアル行政に慣れきってきた地方自治体の課題が浮き彫りになった感じを持つのは仕方ないことだろうか。
こんなとき吉本隆明氏が亡くなられた。思い起こして本棚を見たら学生時代に買い求めた「擬制の終焉」「言語にとって美とはなにか」「「共同幻想論」「異端と正系」「自立の思想的拠点」「吉本隆明詩集」などの著作が変わらぬ姿で並んでいた。それらはいずれも咀嚼できず、中途で投げ出した苦い記憶ばかりのものである。それでも理解したような顔をして友人たちと議論した若く青い自分の姿が思い出される。今更ながら恥じ入るばかりである。
偉大な思想家吉本隆明は大震災後1年の情況をどのように評論するのだろうか。
年金改革案は撤回した方が
民主党が新年金制度の財政試算を公表した。案の定、これで国民理解を得て消費増税の根拠とするには曖昧すぎる内容だ。全体的に粗っぽく、かねてから指摘されていた疑問点にも応えていない。
そもそも一体改革に新年金制度創設法案の提出を明記したところから無理があった。民主党案では所得比例年金に加え、満額月7万円を支給する最低保障年金の制度を創設するとしている。だが、国民年金、厚生年金、公務員共済の一元化をどう図るのか、特に自営業者などの正確な所得の把握の方法はいかにするのか、半額は事業主が負担している厚生、共済との負担の格差はどう埋めるか、年収ゼロ、保険料負担ゼロでも7万円の最低保障年金は支給されるとするが生活保護との関連や勤労意欲減退の可能性はどう整理するか、未納期間分は移行期間中の40年間支給されず無年金、低年金問題は解消されない、等々問題点は山ほどあり、これまでも指摘されてきた。そうした問題点や疑問点について今回の試算でも答えていない。内容不明で疑問点だらけの年金案を実現するために消費増税が必要、と主張されては議論百出、収拾困難に陥ることは明らかだ。甘く粗っぽい制度設計のツケがあらためて土壇場で露呈した形だ。ここは政権党として一体改革の素案から削除することが必要と思われる。その上で、実現不可能なマニフェストを撤回、お詫びして消費税引き上げの与野党協議を求める度量が必要ではないだろうか。
さらに消費増税実現のためには、前提となる公務員給与や議員定数の削減などに加え、増え続ける社会保障費の効率化も欠かせない。医療費70~74才の負担軽減措置の見直し、外来患者の100円窓口負担はじめ社会保障分野でも国民に傷みを負ってもらう、その上で消費増税にも理解していただく、という姿勢が大切ではないだろうか。不人気な負担増政策には、甘いばら撒き的政策を行い、一方で消費税引き上げでは国民的理解を得るのは難しいのではないだろうか。民主党政権は過去の面子や当面の迎合政治を排除して、財政再建という大仕事に使命感を持って立ち向かうべきと思われる。
そもそも一体改革に新年金制度創設法案の提出を明記したところから無理があった。民主党案では所得比例年金に加え、満額月7万円を支給する最低保障年金の制度を創設するとしている。だが、国民年金、厚生年金、公務員共済の一元化をどう図るのか、特に自営業者などの正確な所得の把握の方法はいかにするのか、半額は事業主が負担している厚生、共済との負担の格差はどう埋めるか、年収ゼロ、保険料負担ゼロでも7万円の最低保障年金は支給されるとするが生活保護との関連や勤労意欲減退の可能性はどう整理するか、未納期間分は移行期間中の40年間支給されず無年金、低年金問題は解消されない、等々問題点は山ほどあり、これまでも指摘されてきた。そうした問題点や疑問点について今回の試算でも答えていない。内容不明で疑問点だらけの年金案を実現するために消費増税が必要、と主張されては議論百出、収拾困難に陥ることは明らかだ。甘く粗っぽい制度設計のツケがあらためて土壇場で露呈した形だ。ここは政権党として一体改革の素案から削除することが必要と思われる。その上で、実現不可能なマニフェストを撤回、お詫びして消費税引き上げの与野党協議を求める度量が必要ではないだろうか。
さらに消費増税実現のためには、前提となる公務員給与や議員定数の削減などに加え、増え続ける社会保障費の効率化も欠かせない。医療費70~74才の負担軽減措置の見直し、外来患者の100円窓口負担はじめ社会保障分野でも国民に傷みを負ってもらう、その上で消費増税にも理解していただく、という姿勢が大切ではないだろうか。不人気な負担増政策には、甘いばら撒き的政策を行い、一方で消費税引き上げでは国民的理解を得るのは難しいのではないだろうか。民主党政権は過去の面子や当面の迎合政治を排除して、財政再建という大仕事に使命感を持って立ち向かうべきと思われる。
わかりやすい前提の説明を
野田総理は「税と社会保障の一体改革」を不退転の決意で実現をめざすとし「政局より大局を」と訴えた。それは結構だが、わかりやすい前提の説明が必要だ。
「国と地方の借金が増え続け、このままでは財政破綻しギリシャの二の舞になる」「税収が歳出の半分以下という異常事態が続いている。早期にプライマリーバランスの是正が必要」「年金、医療、介護など社会保障費が毎年1兆円ずつ膨らみ、制度安定のためには消費増税が避けられない」などなどが論拠として主張されている。これに対し増税反対の論理は、「デフレの収束こそ大切で名目成長率の上昇を図れば税収が増え増税は不要」とするそもそも論、「大震災やデフレの今の時期の増税はまずい」とするタイミング論、「マニフェストでの国民との約束を破るべきではない」とする考え方などが様々な発言として聞こえてくる。論理を整理してわかりやすく説明して欲しい、というのが大方の国民の気持ちだと思われる。
まずは前提となる無駄の排除や立法・行政のスリム化はどうしても必要だ。公務員人件費削減は3党で合意したようだが地方公務員を含めて実行して欲しい。議員定数削減は衆議院だけに焦点があたっているが参議院を含め、さらに地方議員の削減にも影響が及ぶ措置が求められる。また12年度予算案は公共事業費や社会保障費の切り込みがなくばらまき的だ。消費増税を前に組む予算としては理解し難い。説明が必要と思われる。
そして明確に説明して欲しいのは、消費増税の最大の前提として説明されている社会保障費だ。年金については04年改正で保険料の段階的引き上げ、基礎年金の国庫負担2分の1への引き上げ、マクロ経済スライドの導入などの措置が講じられた。この仕組みを改善することで制度の維持は可能とする専門家は多い。民主党マニフェストの一元化の議論や、制度完成に40年以上もかかる最低保障年金は、消費増税と絡めて議論する必要があるのか、わかりやすい説明が必要だ。
むしろ増え続ける医療費や介護費、生活保護費などの見直しが重視されて然るべきではないだろうか。診療報酬、窓口負担、高齢者医療費等、選挙目当てでなく抜本改革を期待したいものである。
いずれにしても国会論議で次第に明らかになってくるだろうが、わかりやすく前提を説明して欲しい、というのが現段階の国民の率直な気持ちではないだろうか。
「国と地方の借金が増え続け、このままでは財政破綻しギリシャの二の舞になる」「税収が歳出の半分以下という異常事態が続いている。早期にプライマリーバランスの是正が必要」「年金、医療、介護など社会保障費が毎年1兆円ずつ膨らみ、制度安定のためには消費増税が避けられない」などなどが論拠として主張されている。これに対し増税反対の論理は、「デフレの収束こそ大切で名目成長率の上昇を図れば税収が増え増税は不要」とするそもそも論、「大震災やデフレの今の時期の増税はまずい」とするタイミング論、「マニフェストでの国民との約束を破るべきではない」とする考え方などが様々な発言として聞こえてくる。論理を整理してわかりやすく説明して欲しい、というのが大方の国民の気持ちだと思われる。
まずは前提となる無駄の排除や立法・行政のスリム化はどうしても必要だ。公務員人件費削減は3党で合意したようだが地方公務員を含めて実行して欲しい。議員定数削減は衆議院だけに焦点があたっているが参議院を含め、さらに地方議員の削減にも影響が及ぶ措置が求められる。また12年度予算案は公共事業費や社会保障費の切り込みがなくばらまき的だ。消費増税を前に組む予算としては理解し難い。説明が必要と思われる。
そして明確に説明して欲しいのは、消費増税の最大の前提として説明されている社会保障費だ。年金については04年改正で保険料の段階的引き上げ、基礎年金の国庫負担2分の1への引き上げ、マクロ経済スライドの導入などの措置が講じられた。この仕組みを改善することで制度の維持は可能とする専門家は多い。民主党マニフェストの一元化の議論や、制度完成に40年以上もかかる最低保障年金は、消費増税と絡めて議論する必要があるのか、わかりやすい説明が必要だ。
むしろ増え続ける医療費や介護費、生活保護費などの見直しが重視されて然るべきではないだろうか。診療報酬、窓口負担、高齢者医療費等、選挙目当てでなく抜本改革を期待したいものである。
いずれにしても国会論議で次第に明らかになってくるだろうが、わかりやすく前提を説明して欲しい、というのが現段階の国民の率直な気持ちではないだろうか。
政党の姿
TPP参加をめぐる政党の態度が不明瞭で政党不信の声が聞こえる。野田総理は「交渉参加へ向けて関係国との協議に入る」と党内反対派に配慮する表現で決着させた。強硬だった反対派も、何故かこの表現で振り上げたこぶしを下ろした格好だ。そして政府は、翌日のAPEC首脳会議等で交渉参加表明を行った。あまりにも日本的と言われる曖昧決着は、早くも内外での発言のブレとなって矛盾が露呈している。
さらにわかりにくいのは自民党の対応だ。長年、政権の座にあり自由貿易拡大を推進してきたこの党は、交渉参加推進なのか、反対なのかの方針も打ち出せなかった。そして党幹部は、野田首相のTPP参加表明は拙速で、問責決議も辞さない、という。
これでは両党とも政党としての責任を放棄していると言わざるを得ない。将来の国づくりの方向を左右する課題に対して、明確な意思決定をして国民に説明、説得出来ない政党が、果たして責任政党と言えるだろうか。参加不参加をはっきり決め、自信と確信を持って国民に示すのが政党としての責任だと思われる。
これから、税と社会保障の一体改革という課題に直面する。当然、消費税引き上げに対する姿勢が問われる。両党内には推進派も反対派も存在するようだが、党としての明確な意思決定が求められる。先送りや曖昧決着でTPPと同じ轍を踏むことは許されない。
思えば、選挙時の国民への約束(マニフェスト)も安易な形で政党内で作られ国民に呈示されてきた。整合性や実行可能かどうかは検証されずに、選挙民に受けが良いかだけで政党内で政策が決定されてきたように思える。実行不可能と分かっても国民への陳謝もなく、平然としている姿が日本の政党政治の現実のようだ。体系的で一貫性のある政策を持たない政党は、選挙互助会と言うべき存在に過ぎない。政策への同調や近似性で政党を選択するのではなく、民主党でも自民党でも、あるいは第3党でも、公認を得られればどこへでもなびく多くの政治家やその志望者達。
TPPをめぐる政党、政治家の対応は、この国の政党政治の危機をあらためて具現したものではなかったか。
さらにわかりにくいのは自民党の対応だ。長年、政権の座にあり自由貿易拡大を推進してきたこの党は、交渉参加推進なのか、反対なのかの方針も打ち出せなかった。そして党幹部は、野田首相のTPP参加表明は拙速で、問責決議も辞さない、という。
これでは両党とも政党としての責任を放棄していると言わざるを得ない。将来の国づくりの方向を左右する課題に対して、明確な意思決定をして国民に説明、説得出来ない政党が、果たして責任政党と言えるだろうか。参加不参加をはっきり決め、自信と確信を持って国民に示すのが政党としての責任だと思われる。
これから、税と社会保障の一体改革という課題に直面する。当然、消費税引き上げに対する姿勢が問われる。両党内には推進派も反対派も存在するようだが、党としての明確な意思決定が求められる。先送りや曖昧決着でTPPと同じ轍を踏むことは許されない。
思えば、選挙時の国民への約束(マニフェスト)も安易な形で政党内で作られ国民に呈示されてきた。整合性や実行可能かどうかは検証されずに、選挙民に受けが良いかだけで政党内で政策が決定されてきたように思える。実行不可能と分かっても国民への陳謝もなく、平然としている姿が日本の政党政治の現実のようだ。体系的で一貫性のある政策を持たない政党は、選挙互助会と言うべき存在に過ぎない。政策への同調や近似性で政党を選択するのではなく、民主党でも自民党でも、あるいは第3党でも、公認を得られればどこへでもなびく多くの政治家やその志望者達。
TPPをめぐる政党、政治家の対応は、この国の政党政治の危機をあらためて具現したものではなかったか。
選挙制度改革の議論
衆参両院の選挙制度改革の議論が始まった。すでに最高裁は09年衆院選について選挙無効の訴えは退けたものの、1票の格差2,30倍は違憲状態との判断を示した。更に踏み込んで、47都道府県に1議席配分し残りの253議席を人口比で配分する「一人別枠方式」が格差を生む要因だとし廃止を求めた。こうした司法の判断を受けて、遅まきながら各党の議論も始まった。民主、自民両党は現行の並立制を前提に選挙区の定数調整で格差2倍以内に収める案で党内論議が進んでいると報道されている。公明党は、ここへ来て連用制を軸に各党との議論に臨むことが決定されたようだ。
もとより現行の小選挙区比例代表並立制は、長い間続いた一党支配にピリウドを打ち、日本政治の再生を目指す運動の中で導入された。小選挙区を中心に二大政党の切磋琢磨による政権交代の可能性を前提にしたものであった。その前提を満たす政党の機能発揮に期待し責任を求めるものであった。だが政権交代こそ実現したが、民主、自民両党とも政局優先で「政策中心の政治」で競い合う政党政治の実現に向かって責任を果たしているとは言い難い。近年は、みんなの党や河村名古屋市長の「減税日本」、橋下大阪府知事の「大阪維新の会」などの躍進が目ざましい。既成政党不信や不満を訴える勢力が国民の支持を得ており、二大政党を軸とした政党政治の展開は遠のくばかりに見える。
こうした民主、自民両二大政党の期待はずれの対応に、現行制度を生み出した細川元総理も穏健な多党制が望ましいと発言された。「穏健な」という意味は勝手に想像するしかないが、加えて93年当時、政治改革国会で連用制を提起した成田憲彦さんが内閣参与に就任した。さらに公明党が連用制で党議を集約したことで、一つの流れが出来つつある感がする。一方、民主、自民両党の定数是正案はいずれも格差2倍以内に収めるよう調整されているが、比例定数大幅減では一致し多党制を否定する内容になっている。
だが制度改革には、統治の仕組みや政党政治の目指すべき姿や理念の議論が欠かせない。安易に定数是正の数字合わせや現実の政党への不信からだけで対応すべき問題ではないと思われる。例えば、参院については、選挙制度だけでなく憲法の欠陥とも言える権能について議論を進めるべきと思われる。こうした統治の基本に関わる問題として論議の深化を期待したい。
もとより現行の小選挙区比例代表並立制は、長い間続いた一党支配にピリウドを打ち、日本政治の再生を目指す運動の中で導入された。小選挙区を中心に二大政党の切磋琢磨による政権交代の可能性を前提にしたものであった。その前提を満たす政党の機能発揮に期待し責任を求めるものであった。だが政権交代こそ実現したが、民主、自民両党とも政局優先で「政策中心の政治」で競い合う政党政治の実現に向かって責任を果たしているとは言い難い。近年は、みんなの党や河村名古屋市長の「減税日本」、橋下大阪府知事の「大阪維新の会」などの躍進が目ざましい。既成政党不信や不満を訴える勢力が国民の支持を得ており、二大政党を軸とした政党政治の展開は遠のくばかりに見える。
こうした民主、自民両二大政党の期待はずれの対応に、現行制度を生み出した細川元総理も穏健な多党制が望ましいと発言された。「穏健な」という意味は勝手に想像するしかないが、加えて93年当時、政治改革国会で連用制を提起した成田憲彦さんが内閣参与に就任した。さらに公明党が連用制で党議を集約したことで、一つの流れが出来つつある感がする。一方、民主、自民両党の定数是正案はいずれも格差2倍以内に収めるよう調整されているが、比例定数大幅減では一致し多党制を否定する内容になっている。
だが制度改革には、統治の仕組みや政党政治の目指すべき姿や理念の議論が欠かせない。安易に定数是正の数字合わせや現実の政党への不信からだけで対応すべき問題ではないと思われる。例えば、参院については、選挙制度だけでなく憲法の欠陥とも言える権能について議論を進めるべきと思われる。こうした統治の基本に関わる問題として論議の深化を期待したい。
その前にやるべきことが在るのでは?
菅総理の退陣が決まり、政局の焦点は民主党代表選に移った。何人かの候補者が手を上げレースへの参加を表明している。そして、増税か成長か、大連立か否かなどマスコミを利用しつつ持論を展開している。だが国民から見ると、ちょっと待てよ、という気持ちになるのではないだろうか。2年前、有権者は自民党支配に対する失望から「政権交代」に期待し民主党を選択した。それは決してマニフェストへの支持や共感からではなかった。長年続いた自民党と官僚の政治を否定し、権力の移行に賛成したのである。しかし、鳩山,菅と続いた2年間の政権運営は国民を心底から失望させた。内政に外交に決断なき失政が繰り返され、停滞と混迷が続いている。
今、代表選で問われなければならないのは、統治の失敗とマニフェストの破綻を徹底的に総括することではないだろうか。鳩山、菅政権の崩壊は何が要因で、今後どのように克服されるのであろうか。マニフェストの信用失墜はどのように見直されるのであろうか。バラバラで求心力の全くない政党としての機能回復はどのように図られるのであろうか。こうした率直な国民の疑問に答えることが先だと思われる。その上で、新たな代表の選出を通じて党の求心力を回復し、政策の軸と優先順位を決め、地道に信頼の回復に努めることが必要ではないだろうか。
大連立の話や観念的な増税論議のおしゃべりが横行する代表選レースは、同じ失敗を繰り返すことになると危惧される。「鳩山、菅の失敗は個人の資質の問題だった。私がやれば大丈夫」などと言われても、国民の共感を得るのは難しいのでは。
今、代表選で問われなければならないのは、統治の失敗とマニフェストの破綻を徹底的に総括することではないだろうか。鳩山、菅政権の崩壊は何が要因で、今後どのように克服されるのであろうか。マニフェストの信用失墜はどのように見直されるのであろうか。バラバラで求心力の全くない政党としての機能回復はどのように図られるのであろうか。こうした率直な国民の疑問に答えることが先だと思われる。その上で、新たな代表の選出を通じて党の求心力を回復し、政策の軸と優先順位を決め、地道に信頼の回復に努めることが必要ではないだろうか。
大連立の話や観念的な増税論議のおしゃべりが横行する代表選レースは、同じ失敗を繰り返すことになると危惧される。「鳩山、菅の失敗は個人の資質の問題だった。私がやれば大丈夫」などと言われても、国民の共感を得るのは難しいのでは。
統治の姿勢と能力への不安
世界中で注目を集めていた米の債務上限問題が難航の末、ギリギリのタイミングで決着した。この間、民主、共和両党の間で増税や歳出削減をめぐって厳しい駆け引きが展開された。合意の結果が、直ちに米国の景気回復や財政運営の信認に繋がることには疑問視する向きが強いようだ。それはともかくとして、小さな政府を標榜し増税に反対する茶会党グループが、共和党内で強力な発言力を発揮したとされる。米国の保守党には増税には反対するが小さな政府で歳出削減を目指す伝統的な流れがある。昨年の中間選挙で大量当選した新人議員が安易な妥協を拒み、増税に反対し社会保障費等の削減を求め強力に突き上げた結果、ここまでもつれたとされる。
翻って日本の民主党はどうだろうか。復興財源をめぐっては政府案に対し、党側が土壇場で反対した結果、10兆円増税の文言が削除された。税と社会保障の一体改革でも消費増税を曖昧にして決着した。増税をめぐっては経済専門家の間でも意見が分かれる。政治の場でも高いレベルの議論を期待したいものである。だが増税にはあくまで反対で歳出増大もOKとする姿勢に、整合性に欠け無責任さを感じるのは多くの国民の感想ではないだろうか。米国の共和党は社会保障費等の削減などを声高に主張し、増税反対を訴えた。増税反対、ばら撒きOKでは統治の姿勢と能力に疑問符が付くのは当然ではないだろうか。首相と政権党との関係も崩壊し、復興や社会保障に確たる方針を決定出来ないだけでなく、内外の諸問題の対応で迷走、暴走を繰り返す統治能力の喪失とも言うべき状況は、果たして克服されて行くのであろうか。
丁度、日経新聞の「やさしい経済学」で石橋湛山が連載されている。小日本主義を掲げ、列強の植民地政策、日本の大陸侵攻、日中戦争全面化に反対して健筆をふるい続けた彼は、戦後、政治の世界に身を置くと街頭で次のような有名な演説を行った。「民主政治は往々にしてご機嫌をとる政治になる。国の将来の為にこういうことをやらなければならぬと思っても多くの人からあまり歓迎せられない事であると、ついこれを実行することを躊躇する。或いは、してはならない事をするようになる。 ~中略~ 私は皆さんのご機嫌を伺うことはしない。ずいぶん皆さんに嫌がられるかも知れないが、そのつもりで居てもらいたい。」
翻って日本の民主党はどうだろうか。復興財源をめぐっては政府案に対し、党側が土壇場で反対した結果、10兆円増税の文言が削除された。税と社会保障の一体改革でも消費増税を曖昧にして決着した。増税をめぐっては経済専門家の間でも意見が分かれる。政治の場でも高いレベルの議論を期待したいものである。だが増税にはあくまで反対で歳出増大もOKとする姿勢に、整合性に欠け無責任さを感じるのは多くの国民の感想ではないだろうか。米国の共和党は社会保障費等の削減などを声高に主張し、増税反対を訴えた。増税反対、ばら撒きOKでは統治の姿勢と能力に疑問符が付くのは当然ではないだろうか。首相と政権党との関係も崩壊し、復興や社会保障に確たる方針を決定出来ないだけでなく、内外の諸問題の対応で迷走、暴走を繰り返す統治能力の喪失とも言うべき状況は、果たして克服されて行くのであろうか。
丁度、日経新聞の「やさしい経済学」で石橋湛山が連載されている。小日本主義を掲げ、列強の植民地政策、日本の大陸侵攻、日中戦争全面化に反対して健筆をふるい続けた彼は、戦後、政治の世界に身を置くと街頭で次のような有名な演説を行った。「民主政治は往々にしてご機嫌をとる政治になる。国の将来の為にこういうことをやらなければならぬと思っても多くの人からあまり歓迎せられない事であると、ついこれを実行することを躊躇する。或いは、してはならない事をするようになる。 ~中略~ 私は皆さんのご機嫌を伺うことはしない。ずいぶん皆さんに嫌がられるかも知れないが、そのつもりで居てもらいたい。」
混迷する政党政治
90年代の政治改革から20年近くが経過したが、あのとき目指した政治の姿とは、かけ離れた政治の現状に失望と落胆の念を禁じえない。政党に託した期待は完全に裏切られ、政党は党内の統治能力さえ失った感を呈し、政党や政治家の劣化さえ叫ばれる事態に立ち至っている。こうした事態を受けて、あらためて統治の仕組みや政党のあり方を問う論調が目立っている。例えば、6月14,15日に日経新聞で連続して掲載された「混迷する政治の活路」では京大の待鳥教授、東大の谷口教授が執筆し、ともに政党の未熟さや参院の改革など90年代政治改革の取り残した課題を指摘した。さらには、かつて政治改革を推進し小選挙区制導入により政治の再生を目指した人からも、民主党政権の失敗に絶望し、中選挙区制への回帰の主張が数多くなされている。
思えば、民主党は財源も実施時期も具体的に明示しないマニフェスト策定段階から矛盾を内包していた。「政権交代」のみが自己目的化し、その先の統治方法や目標は持ち合わせていなかった。自民党政治への批判と失望から政権交代の実現には成功したが、その後の鳩山、菅と続いた政権運営や党内統治の評価は惨憺たるものである。かつて90年代の政治改革を主導した人材は自民党にも存在するが、小沢一郎氏をはじめ民主党に大勢存在する。その民主党が、国政運営にも党内統治にも失敗している要因は何なのだろうか。
先日、民主党の「税と社会保障の一体改革」についての党内論議の一部がテレビ報道された。出席議員は口々に「今増税などすれば、ここに居る大部分の議員が議席を失ってしまう」と発言していた。放映された画面で見る限り、国家の行く末よりも議席の維持が優先されて恥じることのない姿が映し出されていた。90年代の政治改革をめぐっては、皆、自分の選挙事情などは二の次にして発言し行動した。現に選挙制度が変わって議席を失った議員も大勢居る。それでも55年体制を突き崩し、新しい時代の政治を切り開こうと、邁進した。そして二大政党による政治の幕が開き、政権交代も実現した。こうして開かれた新しい政治への糸口は、時として泥をかぶり、自己を犠牲にしても国家の危機に対応しようとした多くの議員の存在によって実現した。改革派議員は、それぞれの党内でも、ひるまず、恐れず徹底した議論を展開した。
こうした90年代政治改革の苦闘も参考に、政治家の自覚と政党の再生により日本政治が活性化することを願うばかりである。
思えば、民主党は財源も実施時期も具体的に明示しないマニフェスト策定段階から矛盾を内包していた。「政権交代」のみが自己目的化し、その先の統治方法や目標は持ち合わせていなかった。自民党政治への批判と失望から政権交代の実現には成功したが、その後の鳩山、菅と続いた政権運営や党内統治の評価は惨憺たるものである。かつて90年代の政治改革を主導した人材は自民党にも存在するが、小沢一郎氏をはじめ民主党に大勢存在する。その民主党が、国政運営にも党内統治にも失敗している要因は何なのだろうか。
先日、民主党の「税と社会保障の一体改革」についての党内論議の一部がテレビ報道された。出席議員は口々に「今増税などすれば、ここに居る大部分の議員が議席を失ってしまう」と発言していた。放映された画面で見る限り、国家の行く末よりも議席の維持が優先されて恥じることのない姿が映し出されていた。90年代の政治改革をめぐっては、皆、自分の選挙事情などは二の次にして発言し行動した。現に選挙制度が変わって議席を失った議員も大勢居る。それでも55年体制を突き崩し、新しい時代の政治を切り開こうと、邁進した。そして二大政党による政治の幕が開き、政権交代も実現した。こうして開かれた新しい政治への糸口は、時として泥をかぶり、自己を犠牲にしても国家の危機に対応しようとした多くの議員の存在によって実現した。改革派議員は、それぞれの党内でも、ひるまず、恐れず徹底した議論を展開した。
こうした90年代政治改革の苦闘も参考に、政治家の自覚と政党の再生により日本政治が活性化することを願うばかりである。
再び二院制を考える
かつてこのブログで二院制を論じたことがある。そのときは自民・公明政権時代で参院の多数は野党民主党が占めていた。民主党は徹底的な対決路線を取り、ガソリン暫定税率法案、インド洋給油延長法案、日銀総裁人事案などが否決され政治は混乱した。今度は、与野党の立場が変わって、政権与党民主党は子ども手当て法案など予算関連法案の取り扱いに四苦八苦している。
近年、日切れ法案などを別にすると、衆参のねじれ下で与野党の話し合いが一致して重要法案を成立させた例が二度あった。1994年の政治改革法案と1998年の金融再生法をめぐる攻防であった。時の細川政権、小渕政権はいずれも野党案を丸呑みし合意が成立した。94年の場合、細川首相と河野総裁のトップ会談が実現、小沢、森氏も同席したこの会談で与党側は「小選挙区300,比例代表200,比例11ブロック」などの自民党案をほぼ丸呑みし、参院で否決された政治改革法案は劇的に成立する。98年の場合、長銀や日債銀の経営危機が表面化する中、金融機関の不良債権処理や破綻処理が焦点となり、金融再生法が議論された。時の民主党菅代表は「政局にせず」という姿勢を取り、小渕政権は野党案を丸呑みし金融再生法法案は可決される。続く金融健全化法は自由党の賛成で可決され自自連立へと向かった。
このような先例が近年の国会運営に十分生かされていないのは残念である。衆参のねじれが常態化する事態下での議会運営について、与野党ともこうした教訓を参考にしながら方策を講じるべきと思われる。参院でも過半数を得なければ少数与党であることを認識した上で、与党には法案提出時から野党との接点について見通しを立てるべきである。最初から党内調整が優先される政策決定などは論外である。与野党とも政局優先、政策後回しの対応ではなく、議論によって修正を図るなど柔軟な対応が必要とされるのは言うまでもない。こうした議論の展開には、レベルの高い議員の人材も必要だ。政党は、選挙のたび毎に公募や有名人に頼るのではなく、長期的視点に立って自前の人材育成機能の強化を図り、議員のレベル向上を目指すべきである。
もう一つ、以前のブログでも触れたが、参院改革は待ったなしだと思われる。自民、民主両党とも少数与党の悲哀を味わった。しかも両党の参院幹部は衆院経験者が多い。改革をネグレクトして来た参院改革の絶好のチャンスだと思われる。憲法制定過程から問題点として指摘されていた国民代表機関が二つ存在するという問題、衆院での再可決の要件である3分の2を過半数にするなど憲法改正も含めた改革に取り組むべきである。議論が始まった参院選挙制度なども、既成政党の利害を超えた有識者や地域代表者による構成なども想定して進めるべきと思われる。
与野党とも少数政党としての辛酸を経験した。この経験から建設的な参院改革などの方策が生まれることを期待したい。
近年、日切れ法案などを別にすると、衆参のねじれ下で与野党の話し合いが一致して重要法案を成立させた例が二度あった。1994年の政治改革法案と1998年の金融再生法をめぐる攻防であった。時の細川政権、小渕政権はいずれも野党案を丸呑みし合意が成立した。94年の場合、細川首相と河野総裁のトップ会談が実現、小沢、森氏も同席したこの会談で与党側は「小選挙区300,比例代表200,比例11ブロック」などの自民党案をほぼ丸呑みし、参院で否決された政治改革法案は劇的に成立する。98年の場合、長銀や日債銀の経営危機が表面化する中、金融機関の不良債権処理や破綻処理が焦点となり、金融再生法が議論された。時の民主党菅代表は「政局にせず」という姿勢を取り、小渕政権は野党案を丸呑みし金融再生法法案は可決される。続く金融健全化法は自由党の賛成で可決され自自連立へと向かった。
このような先例が近年の国会運営に十分生かされていないのは残念である。衆参のねじれが常態化する事態下での議会運営について、与野党ともこうした教訓を参考にしながら方策を講じるべきと思われる。参院でも過半数を得なければ少数与党であることを認識した上で、与党には法案提出時から野党との接点について見通しを立てるべきである。最初から党内調整が優先される政策決定などは論外である。与野党とも政局優先、政策後回しの対応ではなく、議論によって修正を図るなど柔軟な対応が必要とされるのは言うまでもない。こうした議論の展開には、レベルの高い議員の人材も必要だ。政党は、選挙のたび毎に公募や有名人に頼るのではなく、長期的視点に立って自前の人材育成機能の強化を図り、議員のレベル向上を目指すべきである。
もう一つ、以前のブログでも触れたが、参院改革は待ったなしだと思われる。自民、民主両党とも少数与党の悲哀を味わった。しかも両党の参院幹部は衆院経験者が多い。改革をネグレクトして来た参院改革の絶好のチャンスだと思われる。憲法制定過程から問題点として指摘されていた国民代表機関が二つ存在するという問題、衆院での再可決の要件である3分の2を過半数にするなど憲法改正も含めた改革に取り組むべきである。議論が始まった参院選挙制度なども、既成政党の利害を超えた有識者や地域代表者による構成なども想定して進めるべきと思われる。
与野党とも少数政党としての辛酸を経験した。この経験から建設的な参院改革などの方策が生まれることを期待したい。
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