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メデイアの曲がり角

 アメリカのトランプ現象、イギリスのEU離脱をめぐる国民投票、ヨーロッパ各国での極右政党の進出などナショナリズムとポピュリズムが世界中に拡がり論壇を賑やかしている。こうした現象とともに世論形成に大きな影響力を発揮してきたメデイアの変貌と在り方が問われている。トランプ氏は当初からニューヨークタイムスやCNNなど既存メデイアに敵意を剥き出しにする発言を繰り返した。そしてインターネットを通じツイッターなどSNSで自ら発信するメデイア戦略を取った。支持者はより強力に支持し、既存メデイアなど反対者は批判を強める。それもトランプ氏の計算の内だったとされる。またイギリスのEU離脱をめぐる国民投票でも二者択一を迫る投票行動でSNSが大きな影響力を発揮したという。最も成熟した民主主義国である両国で起きた「既存メデイアの敗北」とも言える現象は、これまで民主政を支えたメデイアの在り方に根本から見直しを迫るものだ。
 排外主義的なナショナリズムと国民の歓心を買うポピュリズムが世界に蔓延し、第一次、第2次大戦前の状況と酷似していると多くの歴史学者や政治学者が指摘する。それを加速しているのがネット社会だ。ネット社会の拡がりは多くの人々の政治参加や多様な言論を可能にした。だが短いフレーズで個人攻撃やデマ宣伝も瞬時に拡散する。トランプ氏の数々の暴言、イギリスのEU離脱派のEUへの莫大な拠出金を無くせば国民保健サービスが向上する、などはその最たる例だ。
 日本でも、これまで世論の形成に圧倒的な影響力を及ぼしてきたのは新聞、ラジオ、テレビ、雑誌などマスメデイアだった。大きな影響力を持つメデイアが情報を収集・整理し編集した上で読者・視聴者に伝え世論形成に処する役割を果たしてきた。そこには当然、メデイア側の価値観も働く。だが、インターネットの普及はすざましい。若い20代から40代の世代の人たちと話して見ると宅配の新聞を取っていない人が結構多い。情報の収集はネットとテレビで十分だという。日本のメデイア事情は地方紙などがあり欧米とは異なるとする見解もある。しかし、こうした世代の登場により日本でも欧米と同じ現象が生じる可能性は否定できない。最近出版された「政治を動かすメデイア」(佐々木毅元東大総長、芹川洋一日経新聞論説主幹共著、東京大学出版会)は、果たして日本のメデイアは偏狭なナショナリズムや浅薄なポピュリズムの防波堤たりうるか?と問題を提起する。
 近年、日本のメデイアは自らの主張を抑え客観報道を重視するよりは、自らの主張を前面に押し出した紙面や番組を制作する傾向が強まっている、と多くの識者が指摘する。勿論、メデイアが自らの立場を社論として主張し論調で競い合うことは大切なことだ。だが一紙しか読まない読者には異なる世界があらわれる。世論の分極化を招き、国民合意を難しくする面も見逃せない。メデイア側には黒か白かの選択を好むネット時代を認識し、客観的事実の収集・確認を怠らず、丁寧な編集作業を通じて多様な視点を提供する原点回帰の姿勢が求められているのではないだろうか。ネットの普及や格差の進行など社会の分断が一層進む中、メデイアは間違いなく曲がり角に立っている。
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トランプ政権誕生と民主政

 イギリスのEU離脱、トランプ政権の誕生などでポピュリズム政治の評価が新聞や雑誌の論壇で盛んである。そもそも民主主義への懸念は古くからあった。政治史をひも解くと、すでに紀元前5世紀のギリシャのポリス(都市国家)では民主政の論議が盛んに行われていた。民主政では、民衆が独裁者になり専制政治を行う僭主を生み出し必然的に崩壊すると、プラトンやアリストテレスによって民主政の問題点が指摘された。だが民主主義が本格的に統治の仕組みの中心になるのはアメリカ独立革命とフランス革命以降である。
 アメリカ合衆国では「ザ・フェデラリスト」を書いたハミルトンなど、独立と建国に携わった人々の間で、民主政に対する弊害の除去に深い関心が寄せられていた。民主政は自由な政治参加が前提になっているが、それが多数派の暴走や横暴に繋がって行くことを、どのように阻止するか、が論議の焦点になった。彼等は、古代の民主政の欠陥を念頭に政治の仕組みを共和制と命名し、権力分立制を採用する。立法機関の権力が肥大し専制政治が行われることを避けるために、立法権、行政権、司法権の分離を定める。そして互いに抑制、均衡するために各機関の独立性も定める。それでも議会の強大化が懸念されることから、連邦議会を上下両院の2院制とし、もう一つ権力の抑制の仕組みを作る。こうして近代憲法としては初めてのアメリカ合衆国憲法が制定され、18世紀末のフランス革命にも大きな影響を与えることになる。その後、民主政は各国で様々な工夫がなされ議会制、大統領制などが定着してくる。だが民主政の歩みは古代から懸念され指摘されていたとおり何度かの危機を経験する。時折、各国で偏狭なポピュリズム政治やナショナリズム政治が横行したりヒトラーさえ生まれた。社会の亀裂や不安定化により強力な為政者への願望が絶えず形成され、民主政は常に煽動政治家による独裁制の危険と隣り合わせであった。
 トランプ氏は、激しい形相と身振りで吠えるような仕草でアメリカの苦境を訴え支持を拡げた。移民を排斥し、競争相手の国々に圧力をかければアメリカは豊かさと平穏を取り戻せる、と訴えた。まるでユダヤ人を唯一の敵として扇動したヒトラーを想起してしまうほどであった。こうした訴えに現状に不満を抱く人々は魅力的に感じた。そして当初、泡沫候補扱いされたトランプ氏は大方の予想を覆して大統領の座を射止める。今後、トランプ大統領がどのような政権運営を行うかは見通せない。だが選挙戦の過程を見ると、明らかに古代から指摘されてきた民主政の持つ課題を露呈した選挙ではなかったか。トランプ政権誕生を批判したり民主主義の堕落と指摘する声もある。だが、それはそもそも民主主義の持つ制度としての本質であることを理解する必要があると思える。民主政治は有権者が無理な要求を政治に求めたり、ただ日常生活の不満をすべて政治にぶつけるなどの行為で何度も危機を体験してきた。政治家も、有権者の情緒に訴えたり、出来もしない不可能な約束をしたりすることが繰り返されてきた。有権者、政治家双方がトランプ現象を冷静に受け止め、他山の石として民主政治の陥り易い欠陥を認識する機会にしたいものである。

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友好を阻害する歴史の政治利用

 昨年、12月27日安倍総理は真珠湾を訪れ、75年前の日本軍による真珠湾攻撃の犠牲者を慰霊した。安倍首相は慰霊後の演説で「不戦の誓い」を表明し、日米両国を同盟国として結びつけたのは寛容の心がもたらした「和解の力」だと訴えた。時のオバマ大統領も、米国と日本は友情と平和を選んだ、日米同盟はアジア太平洋の安定の礎であり世界に進歩をもたらす力だ、と応じた。昨年5月のオバマ前大統領の広島訪問に続く今回の真珠湾訪問で「戦後」からの脱却が進み歴史的な意味を持つ訪問となった。アメリカはトランプ政権に変わったが、日米の絆が揺るぎなく前進することを期待したいものである。
 一方、今年5年に一度の大統領選挙が行われる韓国では朴大統領の弾劾訴追案が可決され、政情不安が続き大統領の即時退陣を求める大規模な集会が何度も開かれている。懸念されるのは大統領退陣と従軍慰安婦問題の日韓合意破棄など反日の動きが結びつけられていることだ。釜山の日本領事館前に慰安婦を象徴する少女像が設置され、従軍慰安婦問題がまたも表面化している。また地方議会の議員がつくる団体は竹島に少女像を設置する募金活動も始めた。日韓両政府の合意は無効だとする挺体協(韓国挺身隊問題対策協議会)を中心にした動きが活発化し従軍慰安婦問題が大統領選の一つの焦点に浮上している。そして大統領選出馬予定者や韓国メデイアの間でこうした動きを抑制せず、同調する風潮が拡がっている。大統領選の結果によっては、日韓両政府で合意した従軍慰安婦問題、中国の反対を押し切って決めたアメリカ軍のTHAAD(高度ミサイル防衛システム)配備、日本と結んだGSOMIA(軍事情報包括保護協定)などを一方的に破棄する事態も想定される状況だという。
 韓国では、歴史の意図的な政治利用で国内世論を引きつける政治手法がしばしば選択される。被害者と加害者の立場で「反省」「謝罪」が求め続けられ、日本の過去を批判し続けることで非理性的な国内世論が形成されてきた経過がある。日本は戦争や植民地支配などに関して何度も深く反省する一方、従軍慰安婦問題では、戦後50年にあたる95年に「女性のためのアジア平和基金」を作り、償い金、総理の手紙、医療福祉金などを韓国、台湾、オランダ、フイリピンの被害者に渡し解決に努めてきた。そして今回15年12月の「最終的かつ不可逆的な解決」の合意を確認し、10億円を拠出し韓国の「和解・癒し財団」により多くの元慰安婦に手渡された。このように日本は従軍慰安婦問題に対し誠意ある対応をつくしてきた。
 大多数の日本国民は日韓関係の悪化を相手国の不寛容だけに帰するつもりはないし、過去の植民地支配の自覚と反省も忘れない。だが朴政権の弾劾と大統領選、従軍慰安婦問題が絡んだ韓国の情勢には違和感を覚えざるを得ない。歴史の政治利用は和解を阻み未来志向の友好関係を阻害する。加害者への断罪が続けられる隣国と、和解による信頼と友好の関係を築く日はいつ来るのであろうか。


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楽観論で済むのかアメリカの変質

 アメリカ大統領選挙でのドナルド・トランプ氏の勝利は世界に衝撃を与え、論壇でも多くの分析や評論がなされている。
 経済運営では、所得税、法人税の大幅減税と大型公共投資などの「バラマキ」政策が実行されるだろうと予測され、当面はアメリカ景気が上向くだろうと想定されている。現に金利が上がり、ドル高現象が現れている。日本にも円安、株高の影響が及んでいる。だが、「米経済の好調は長続きしない、ドル高による輸出減退と輸入増で対外収支の赤字が増大する、財政赤字も膨らむ」と多くの経済学者やエコノミストが指摘する。そして国民の期待がはずれたとき保護主義が選択され、各国と貿易紛争が起こり、防衛問題などで他国に過大な要求をするなどの政策が選択される可能性が高い、と指摘する声が多い。
 こうした経済政策の心配とは別に、アメリカ民主主義の基盤が政治家や政党、国民の間で揺らいでいるのではないか、と懸念されている。建国の精神とも言うべき共和主義、民主主義は、職業、人種、性別、宗教など異質なものを認め合い寛容で他者へ配慮する姿勢が、脈々と流れ受け継がれてきた。知日派として知られるジョセフ・ナイ氏が指摘するように、アメリカは、軍事・経済の圧倒的力だけでなく、他国を文化的に、また価値観の上で惹きつける力で国際社会の覇権を維持してきた。だからこそアメリカ民主主義は、時として批判もあったが、世界中の多くの国々から尊敬の念を集めてきた。ところがトランプ氏の異質なものを排除する主張や、他国との協調を無視する発言がアメリカ国民の支持を得、大方の予想を覆す結果となり、多様性を尊重し配慮する多民族国家アメリカ自由主義の伝統の危機を感じる結果となった。宇野重規・東大教授の「保守主義とは何か」(中公新書)によれば、「保守主義とは単なる排外主義や復古主義でなく、根底に自由を必要とする。保守主義は伝統や習慣を尊重する立場だが伝統や習慣はただ固守すればいいのではなく、過去から受け継ぎながら更新し、未来へ引き渡して行くことが必要。その営みを進めるためには個人の自発性、それを許す自由な社会環境がなければならない」とする。こうした多様性と自由を尊重する立場は保守主義であれ、リベラリズムであれ、アメリカ社会の共通の認識だった。トランプ氏は、そうしたアメリカ政治や社会の伝統に真っ向から挑戦する言動で国民の支持を集めた。伝統的な保守の理念よりも、米国第一主義、内向き、保護主義が声高に主張された。選挙を通じて片隅へ追いやられた建国以来のアメリカの政治文化はどう変わって行くのだろうか。「選挙戦で言っていたことは、大統領に就任すれば修正せざるを得ない」という楽観論で済ますことは出来るのであろうか。アメリカ国民の精神の変質を懸念せざるを得ない。



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開戦の過程を学ぶ中高生

 近現代史の加藤陽子東大教授が中高生向けの講義を「戦争まで」(朝日出版社)というタイトルで一冊にまとめ出版した。いくつかの新聞などで評論や紹介記事が書かれている。数回の講義で戦前の日本の判断を左右した三つの交渉を取り上げて論じている。1932年のリットン報告書、40年の日独伊三国軍事同盟、開戦前の日米交渉だ。満州事件を調査し国際連盟に報告する任務を負ったリットン調査団。報告書は、満州における日本の権益に配慮した、かなり日本に好意的な内容が含まれ日本の国際連盟脱退を防ごうとする工夫が見られる。受け入れをめぐって政府内でも議論が割れ、対外交渉も行われる。一方、朝日、東京日日など主要紙が国際連盟脱退の主張を大々的に展開する。慎重論は、煽動的な記事に煽られた世論にかき消される。結局、時の内田外相等の主張で国際連盟脱退の道が選択される。また日独伊三国同盟についてもドイツの戦勝に幻惑され同盟締結にいたったイメージだけではないと指摘する。さらに開戦前の日米交渉についても衝突回避に向けた双方の真剣な議論があった。日本が一直線に対米戦争に突き進んだわけでもなかったと豊富な史料をもとに説明する。
歴史の事実に接するほど、大日本帝国憲法下でも様々な議論や行動があったことがわかってくる。当時を軍部独裁として戦前を全否定する見方ではなく、重要な場面のたびに様々な動きがあったことを論証する。「国民は大本営発表に騙されていました」「新聞や雑誌は言論弾圧で何も書くことができませんでした」と弾圧と煽動に帰する責任逃れの言い訳では戦争体験を次の時代に生かすことはできない。開戦にいたる過程で、政府がだまし、国民がだまされていたわけでもなかった、とも指摘する。国際社会からの3度の問いに対応しながら開戦を選択して行く過程を丹念に追う。
 そう言えば、丸山政治学として名高い丸山眞男も、戦前、戦中の日本の権力構造を分析し、「武力行使がずるずるべったりに拡大し自己目的化していった」と指摘した。そして「彼等はみな、何物か見えざる力に駆り立てられ、失敗の恐ろしさわななきながら目をつぶって突き進んだのである。彼等は戦争を欲したかといえば然りであり、戦争を避けようとしたかといえばこれまた然りということになる。戦争を欲したにも拘らず戦争を避けようとし、戦争を避けようとしたにも拘らず戦争の道を敢えて選んだのが事の実相であった。」と分析した(「現代政治の思想と行動」)。
 三度の選択に当たって、政府の中で外務省、陸軍、海軍などで内部対立も含め様々な議論が行われ外交交渉も行われた。結局「非決定の構図」「両論併記」が繰り返され開戦へいたる。今日も政治の意思決定と責任のあり方や省庁利益優先の縦割り行政の弊害などが大きな課題だ。国際社会との関わりが一層重要性を増し、憲法改正論議も進む中、なお更、あの戦争への過程を正視する必要性を認識させられる。本書は中高生に対しての数回の講義をまとめた書だが、われわれにも多くの教訓を与え歴史を問いかける。それにしてもスマホに熱中する若者たちが受験に直接役立ちそうもない講義を受け続けたことに感心させられた。既成概念で歴史を見る風潮のある大人たちこそ読む必要があるのではないか、と感じた書である。



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拡がる排外主義で問われる民主制

 イギリスのEU離脱をめぐる国民投票が行われ、内向き志向を強める世界の潮流が懸念されている。今回の離脱の背景には移民問題やEU政治への不満と合わせ、国内政治への不信があるとされる。ナショナリズムを主張する潮流は、イギリスに限らずフランス、フインランド、スペイン、イタリア、ハンガリーなどの極右から左翼政党までヨーロッパ全域に拡がり、とうとうアメリカのトランプ現象まで拡がった。反グローバリズム、排外主義の勢力が各国で蔓延し既存の政治勢力に対する不満が高まり、冷戦後の世界秩序を支えてきたグローバル化と民主制の有効性が問われている。近年、経済成長は力強さを失い各国では格差が拡がりグローバリズムの負の側面が目立つようになった。その結果、移民や競争相手の近隣諸国こそが自分たちの生活を脅かしていると、移民排斥や他国への批判を強める。そして移民排斥、反グローバリズムの扇動政治家が現れ、「われわれの平穏で豊かな生活を奪っているのは彼らだ」と訴える。確かにグローバル化で各国で格差が拡大している事実に目を背けることは出来ない。同時に排外主義で豊かな平等社会を実現出来るような期待感を振りまく政治も無責任だ。グローバル化によって流動化する生活環境の中で、ナショナルミニマムを保障し国民が安心感を持つ社会をめざして格差問題に取り組むことが必要と思われる。
 すでに紀元前にプラトンは民主制が衆愚政治に陥る危険性を論じた。チャーチルは「民主主義は最悪の政治形態だ。ただし、これまで試された形態を別にすればの話であるが」と民主主義の弱点を指摘した。つまり民主制は、絶えずポピュリズムや衆愚政治の誘惑に晒され、権力の独裁と隣り合わせと言われる。比較政治論の待鳥聡史氏は「代議制民主主義」(中公新書)の中で次のように指摘する。「代議制民主主義はヒトラーを筆頭に繰り返し扇動政治家の登場を許し、その度ごとに反省が語られてきた。だが有権者の意向が政策決定に反映されることに意義を見出し、意向が決定される際の判断基準が理性的であることを求めない以上、扇動政治家の出現は避けられない面もある。代議制民主主義にとって大きな課題である」と。
 今回、代議制民主主義の先進国と言われるイギリスで離脱か、残留か、という直接民主主義の手法がとられた。二者択一を迫る国民投票は深い議論でなく感情的な判断が表面化し穏健な選択は導けない。本来、専門知識を持つ議員達が冷静に議論すべき課題で、国民投票の手法を選択したことは歴史的な過ちで代議制の機能不全を意味する、と多くの識者が指摘する。
 世界秩序がきしむ中で日本が国際社会で果たす役割は大きい。参院選では国民うけの良い政策ばかりを羅列する政党の姿が目立った。社会保障や財政の将来不安克服などの懸案は先送りされ、ポピュリズム政治の一端を感じた。欧米で拡がる反グローバリズムの主張でナショナリズムを煽る無責任な政治を他山の石として、代議制民主主義の機能を発揮することを期待したい。特に政党にその重い責務があることを自覚して欲しいと願うものである。
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気になる内向き志向

 世界の耳目を集めているアメリカの大統領選挙はクリントン氏とトランプ氏による対立の構図が固まったようだ。共和党では、当初の予想に反して過激な発言を繰り返すトランプ氏が優位に立ち、党の主流派から冷遇されてきた原理主義者のクルーズ氏が追うという形で選挙戦が進んできた。共和党主流派候補の伝統的な訴えは支持を失い序盤戦で脱落した。民主党では本命のクリントン氏がリードを続けるが、こちらも既成の民主党の政治を批判し社会民主主義を主張するサンダース氏が善戦を続けている。こうした予想外の展開は、「アメリカ社会の政治不信が臨界点に達した」結果と言われる(潮6月号 三浦瑠麗氏)。冷戦後の世界秩序はアメリカやG7の国々が核となり、多くの国が協調し協力する形で形成されてきた。「冷戦後、経済のグローバリズムと民主制の二人三脚で世界の秩序が形成されて来たが、この二人三脚の仕組みが壊れかけ、この二つがぶつかり始めたというのがアメリカの予備選の伝えるメッセージだ」(佐々木毅東大名誉教授)と指摘される。アメリカ世論は、国際秩序への関わりよりも国内の経済政策や社会政策の転換を求め、ますます内向き志向を強めているように見える。イラク戦争の失敗や財政上の理由から孤立主義の傾向を強める風潮は、テロが繰り返される地域のみならずアメリカ以外の先進国でも強まっている。排外主義が各国で蔓延し、既存の政治勢力への批判が高まっている。イギリスではEU離脱を問う国民投票が実施される。各国政治は世界秩序に気配りする余裕がなくなりナショナリズムへの回帰が目立つ。経済成長は頭打ちになり、ますます内向き志向に拍車がかかる。
 こうした各国のナショナリズム政治は強権政治を産み、悲劇を繰り返して来たことは歴史が示している。第1次大戦後、ヴェルサイユ体制のもと国際連盟が設立された。だがアメリカはヨーロッパとの関わりを嫌う内向き姿勢の議会の反対で加盟しなかった。敗戦国のドイツ、ソ連も不参加だった。1929年、世界恐慌が起こると、英、仏は排他的なブロック体制を築き、米はニューデイール政策で乗り切ろうとした。各国は国際協調による打開よりも排外主義に走る。有効な打開策を持たないイタリア、ドイツでファシズム、ナチスが台頭する。日本でも、中国や欧米との協調を図る外交努力は「親英米派」と敵視され日中戦争から太平洋戦争へと至る。第1次大戦後、各国の内向き政治の結果、わずか20年で第2次大戦にいたる。
 冷戦後、圧倒的な力で世界をリードしてきたアメリカだが、すでにオバマ政権発足時からこれまでの指導力にかげりが見られていた。今回、大統領選で国際協調よりも排外主義の主張が優勢になり、アメリカの国際社会への関わり方は一層不透明さを増している。さて我が日本は、こうしたアメリカや国際社会の動向を見ながら、国際協調を基調に存在感を示して行けるだろうか。日本の政治もまた正念場を迎えている。

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「脆弱な日中関係」に思う

 1914年6月28日、ボスニアの首都サラエボで2発の銃弾が撃たれオーストリア・ハンガリー帝国の皇位継承者フェルナンド大公と大公妃に当たる。二人は命を落とした。ヨーロッパでは、それまでの暗殺事件と同じくテロ事件として終わるだろうと思われていた。だが事態は予想に反して大きく展開する。7月28日、オーストリアがボスニアに宣戦布告する。ドイツが同盟国オーストリアを支持する。ロシアはセルビアに加担する。そのロシアはフランスと同盟を結んでいた。イギリスも参戦する。戦火はとどまるところを知らなかった。足かけ5年にわたり900万人以上の兵士が犠牲になるという常識をはるかに超える第一次世界大戦は、こうしてサラエボの偶発的な銃声をきっかけに始まる。
 1937年(昭和12年)7月7日、北京郊外の盧溝橋で演習中の日本軍に数発の銃弾が撃ち込まれた。そして一人の日本軍兵士が行方不明になったことに端を発し、日中両軍の間で偶発的な小衝突が起こる。一旦は現地で停戦協定が成立する。日中双方とも不拡大を希望しながらも挑発には断固応戦すべく現地軍の増強を図った。だが停戦協定は現地日本軍の連隊長の独断による進軍命令によって破られる。この瞬間、泥沼の日中戦争は既定の事実として始まる。盧溝橋事件は東京裁判でも取り上げられ、研究者の間でも検証作業が行われてきた。最初の銃弾は、中国軍が撃ったのか、日本軍が撃ったのか、蒋介石軍は共産軍の仕掛けなどと主張し真相ははっきりしない。意図的であったか、誤射だったかも不明だ。だが全く偶発的な事件を発端に、意図しなかった形で戦争が起き、以後、事態は拡大の一途をたどる。
 このように戦争は宣戦布告して始まるよりは、偶発的なテロ行為や小競り合いをきっかけに起こることが多い。そしてそれぞれの関係国では事件を沈静化するよりは、行き詰まりを排外主義で解決しようとする政治が目立つようになり、衝突が拡大される。歴史の教訓として受け止めることが必要と思われる。
 中国の全国人民代表大会(全人代)が終了した。原油価格の下落とともに世界経済変調の要因とされる中国経済の建て直しが世界的に注目された。われわれには中国経済の先行きとともに偶発的な軍事衝突がもう一つの懸念だ。中国の李克強首相は終了後の記者会見で「日中関係は脆弱」と述べた。特に海洋進出で南シナ海から東シナ海、尖閣諸島では緊張感が漂っている。領空、領海への侵犯や一昨年起きた火気管制レーダーの照射事件など不測の事態も懸念される。われわれは緊密な日米同盟のもと国際法遵守の姿勢や国土を守る主張を貫くことは言うまでもない。一方で、軍事的、経済的パワーの拡張を警戒しつつも、友好的、協調的関係を追求することを基調に日中関係の改善に努める必要がある。サラエボや盧溝橋などの偶発的な軍事衝突を避けるため、中国と危機管理の実務的協力の体制整備も急がなければならない。また国際協調こそが中国の利益になることを、中国の指導者や国民が認識するような環境をねばり強く作り上げて行くことが大切ではないだろうか。毅然とした姿勢とともに冷静な判断力で日中の信頼関係を一歩ずつ前進させるべきと思われる。

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選挙制度の答申

 衆院議議長の諮問機関「衆院選挙制度に関する調査会」の答申が14日に出された。佐々木毅元東大学長を座長とする専門家揃いの調査会メンバーの論議の末の答申で、さすがと肯ける内容に思える。1票の格差是正についてはアダムズ方式で人口動態に合わせて是正するとした。もともと現行の制度発足の時に、各都道府県に一人別枠方式を採用したところから矛盾があり何度も最高裁などからも指摘されていた。ようやく1票格差是正の具体的方策が示されたわけで、与野党は答申の実現に向けて立法措置を急ぐべきだ。
 問題は定数是正の方だ。答申は小選挙区で6、比例選で4削減するとしている。同時に議員定数は、「国際比較や過去の経緯からすると多いとは言えず、削減する積極的理由や理論的根拠は見いだしがたい」と指摘している。だが各党が選挙公約で国民に約束したことを配慮したという。これは各党への痛烈な批判と受け止めるべきではないだろうか。現に先進7カ国の中で下院の議員一人当たり人口はアメリカを除くと日本が圧倒的に多い。各党は消費税引き上げの際、「身を切る改革」などと言って、定数を減らすことで改革姿勢をアッピールすることに腐心した。立法府と行政府との統治の仕組みをどうするか、議員内閣制のわが国では内閣を構成するため大臣、副大臣、政務官など何十人も政府に送り込むことが必要だ。合わせて国会対応も可能な体制が必要だ。地方議会の定数削減議論とは違った視点が求められる。どのような政党政治の姿を目指すのか、どのような議会や統治の仕組みを想定して制度の設計をするのか、本質的議論がなされないまま、人気取りのための定数削減が公約された。今回の調査会の答申は、定数削減は単なる人気取りのためでない冷静な議論を求めていると、読むべきと思われる。
 各党は今回の答申を受けて、直ちに立法措置に向かうべきだ。一部で報道されている小手先の選挙区の境界調整だけで済ませると将来に禍根を残す。各党、とりわけ影響を受ける議員を多く抱える自民党の決断が求められる。同時に、答申でも言外に感じられるように、衆参合わせた統治の仕組み、選挙制度の議論が欠かせない。数年前、衆参のねじれ現象で「決められない政治」が続き憲法制定時の矛盾が指摘されてきた。国民代表機能を並立して持つ院が二つ存在する国はない。衆参の議決が異なる場合の再可決条件の3分の2は適切かどうかなど、衆参の役割分担を議論することが求められる。衆院は人口比で、参院は地域代表の権利を反映するなどの仕組みにすることも考えられる。
 衆院で今回の答申を立法化することや、参院も数県の合区(10増10減)でとりあえず違憲状態は回避される。だがそれは当面の措置と認識すべきだ。本質的な統治の仕組みや選挙制度の議論を深めることがどうしても必要と思われる。そのために今回のような衆院議長の諮問機関でなく91年の第8次審議会の答申以来、設置されていない第9次選挙制度審議会を立ち上げて衆参含めて、あり方の議論を進めるべきではないだろうか。

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2015年政党政治の感想

 戦後70年の今年は安保法などで与野党対立が続き、粛然とは言えない1年だった感がする。1強多弱と言われる日本の政治状況で、安全保障政策をめぐって与野党の激しい対立が続いた。果たして今後、政党政治は有効に機能して行くだろうか。国民の多くが不安を感じているのではないか、と思われる。
 まず結党60年を迎えた自民党の安倍政権は、安保法案、TPPなどの懸案に取り組んだ。沖縄普天間基地移設問題やデフレ脱却などの懸案には解決の見通しが立っていないとは言え、まずは自らが提起した課題について結論を出した。だが多くの課題を抱えているのも事実だ。特に多様で分厚い保守の風土が党内で消えることを懸念する声は強い。まず、この党の伝統であった派閥政治がなくなり議員の集合体になったことのマイナス面が指摘される。派閥による金権体質がなくなったことは歓迎すべきことかも知れない。だが同時に派閥の担っていた総理候補などリーダーの養成機能、議員を雑巾がけから鍛錬する機会などが減った、と評される。また官邸主導の運営になり政調部会などで議員が活躍する舞台が少なくなった結果、専門性の高い議員が減り、政策決定力にかげりが見られる、とも言われる。安保法案でもリベラル派からの懸念の声はついぞ聞かれなかった。人事でも靖国を参拝する人達が優遇されキャッチオールパーテイー(包括政党)としての懐の深さが消え度量の狭さが指摘される。派閥政治や族議員が跋扈する政治からの脱却は必要だ。だが、かつてリーダーや専門性の高い議員が次々に生み出された土壌、伝統は、新しい仕組みを築く中でぜひ引き継いで欲しいものである。官高党低で多様性が薄れ、政権党としてのダイナミズムが失われていないか。安泰と見える自民党だが、抱える課題も深刻と思える。
 野党は、維新の会の分裂、民主、維新の統一会派結成などの動きがあった。だが野党の中心である民主党には、現実性のないマニフェスト、ポピュリズム(大衆迎合)の典型だった政治手法などで国民の支持を失った、あの3年間の政権時代の総括を深めて欲しいものである。その後も政権戦略や政権政策を描き切れず、安保やTPP問題でも党内一致した方針が発信されていない。1度目は自民党の失政で政権交代を実現できた。2度目は磨かれた政権政策がどうしても必要に思われる。最近の世論調査でも明らかなように安倍政権や自民党の支持理由は「他に適当な人がいない」「変わるべき政党がない」という消極的理由がトップだ。つまり民主党など野党には不安で任せられないことが安倍政権の支持率を支えている。まずは国民が信頼できる政策を練り上げることと、合わせて魅力あるトップリーダーも必要だ。非自民、反自民だけでなく政策と人材で政権を競う姿を見せて欲しいものである。野党の脱皮が求められる。
 政権が変わって対外政策や経済政策が根本から変わることでは国家が危機に陥る。日本の二大政党による政権交代が行われた歴史としては、大正末期から昭和初期にかけて政友会と憲政会(民政党)による政権交代が頻繁に行われた先例がある。だがこの時代も二大政党による切磋琢磨はあったが、2,3年ごとの政権交代のたびに対外政策の基本が変わり、日本の対外的信用が失墜した。経済政策でも政権が変わるたびに積極政策と健全財政の採用が繰り返された(坂野潤治 日本近代史 ちくま新書)。結果、軍部や官僚、マスメデイア世論など超越的勢力が台頭し政党政治の崩壊に繋がる。
政権交代可能な二大政党システムは確立するだろうか。各党に不断の自己改革が求められている。昭和初期の政友会・民政党の歴史も教訓にしながら前進して欲しいものである。

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