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地方統一選雑観

 地方統一選が終わった。多くの問題点が識者やメデイアから指摘された。場当たり的な修正で済む問題でなく抜本的な改革の必要性が顕在化した選挙だったと思える。
 前半の知事選では10人の内8人が当選4回以上で多選が目立った。41の道府県議選では全選挙区の3分の1が無競争、総定数の5分の1が無投票当選となった。後半の政令市以外の市町村の選挙でも89市長選で約3割、122町村長選で半分近く、373町村議選でも4分の1が無投票当選となった。また投票率も記録的な低さだった。
 常態化している候補者不足、記録的な低投票率など地方自治が深刻な危機に瀕していることを示した選挙だった。かつては村落や地域の名望家や信望の厚い人などが推されて首長や議員になることが多かった。だが地域社会の変貌に伴い、こうした仕組みは有効性を失い、結果、首長や議員のなり手は限られ資質の低下をもたらしている。議会の多くは首長提案の議案を追認するだけの存在になっている。かつて改革派と言われたある知事が、学芸会のような議会、と揶揄したこともあった。また高額な議員報酬、物見遊山的な視察、政務調査費の不適切な支出など、地方議会に対する批判は絶えない。まさに存在理由さえ問われる事態になっているのが現状ではないだろうか。
 こうした危機に地方議会みずからが改革に取り組むべきだが、どこの議会でも、わずかな定数削減など小手先の対応で終わってきたのが現状だ。地方に任せていても残念ながら改革が進むとは思われない。この際、中央からも積極的に改革の切り口を提起すべきと思われる。13年に改正したばかりだが公職選挙法で定める選挙区基準の見直し、条例で定めるとされる定数の見直しなどについて、例えば大中選挙区制導入などを検討すべきと思われる。またアメリカやスウェーデンなど各国で行われているように議会の開催を夜間や週末にするなどして、サラリーマンや子育て世代など幅広い人材が立候補出来る仕組みも検討すべきと思われる。
 明治4年の廃藩置県で旧大名が廃され、藩札が政府紙幣に交換され明治維新がほぼ完成する。当初302県3府だったが明治22年43県3府に再編され今日に至っている。この100年以上続いた中央集権体制の仕組みを改め、地方の自立や分権が叫ばれて来たが道州制など改革論議も停滞している。地方創生と言うけれども、担うべき首長や議会は対応出来るだろうか。候補者不足、無投票、低投票率、深刻な現状が浮き彫りになった地方統一選だった。
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