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拡がる排外主義で問われる民主制

 イギリスのEU離脱をめぐる国民投票が行われ、内向き志向を強める世界の潮流が懸念されている。今回の離脱の背景には移民問題やEU政治への不満と合わせ、国内政治への不信があるとされる。ナショナリズムを主張する潮流は、イギリスに限らずフランス、フインランド、スペイン、イタリア、ハンガリーなどの極右から左翼政党までヨーロッパ全域に拡がり、とうとうアメリカのトランプ現象まで拡がった。反グローバリズム、排外主義の勢力が各国で蔓延し既存の政治勢力に対する不満が高まり、冷戦後の世界秩序を支えてきたグローバル化と民主制の有効性が問われている。近年、経済成長は力強さを失い各国では格差が拡がりグローバリズムの負の側面が目立つようになった。その結果、移民や競争相手の近隣諸国こそが自分たちの生活を脅かしていると、移民排斥や他国への批判を強める。そして移民排斥、反グローバリズムの扇動政治家が現れ、「われわれの平穏で豊かな生活を奪っているのは彼らだ」と訴える。確かにグローバル化で各国で格差が拡大している事実に目を背けることは出来ない。同時に排外主義で豊かな平等社会を実現出来るような期待感を振りまく政治も無責任だ。グローバル化によって流動化する生活環境の中で、ナショナルミニマムを保障し国民が安心感を持つ社会をめざして格差問題に取り組むことが必要と思われる。
 すでに紀元前にプラトンは民主制が衆愚政治に陥る危険性を論じた。チャーチルは「民主主義は最悪の政治形態だ。ただし、これまで試された形態を別にすればの話であるが」と民主主義の弱点を指摘した。つまり民主制は、絶えずポピュリズムや衆愚政治の誘惑に晒され、権力の独裁と隣り合わせと言われる。比較政治論の待鳥聡史氏は「代議制民主主義」(中公新書)の中で次のように指摘する。「代議制民主主義はヒトラーを筆頭に繰り返し扇動政治家の登場を許し、その度ごとに反省が語られてきた。だが有権者の意向が政策決定に反映されることに意義を見出し、意向が決定される際の判断基準が理性的であることを求めない以上、扇動政治家の出現は避けられない面もある。代議制民主主義にとって大きな課題である」と。
 今回、代議制民主主義の先進国と言われるイギリスで離脱か、残留か、という直接民主主義の手法がとられた。二者択一を迫る国民投票は深い議論でなく感情的な判断が表面化し穏健な選択は導けない。本来、専門知識を持つ議員達が冷静に議論すべき課題で、国民投票の手法を選択したことは歴史的な過ちで代議制の機能不全を意味する、と多くの識者が指摘する。
 世界秩序がきしむ中で日本が国際社会で果たす役割は大きい。参院選では国民うけの良い政策ばかりを羅列する政党の姿が目立った。社会保障や財政の将来不安克服などの懸案は先送りされ、ポピュリズム政治の一端を感じた。欧米で拡がる反グローバリズムの主張でナショナリズムを煽る無責任な政治を他山の石として、代議制民主主義の機能を発揮することを期待したい。特に政党にその重い責務があることを自覚して欲しいと願うものである。
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気になる内向き志向

 世界の耳目を集めているアメリカの大統領選挙はクリントン氏とトランプ氏による対立の構図が固まったようだ。共和党では、当初の予想に反して過激な発言を繰り返すトランプ氏が優位に立ち、党の主流派から冷遇されてきた原理主義者のクルーズ氏が追うという形で選挙戦が進んできた。共和党主流派候補の伝統的な訴えは支持を失い序盤戦で脱落した。民主党では本命のクリントン氏がリードを続けるが、こちらも既成の民主党の政治を批判し社会民主主義を主張するサンダース氏が善戦を続けている。こうした予想外の展開は、「アメリカ社会の政治不信が臨界点に達した」結果と言われる(潮6月号 三浦瑠麗氏)。冷戦後の世界秩序はアメリカやG7の国々が核となり、多くの国が協調し協力する形で形成されてきた。「冷戦後、経済のグローバリズムと民主制の二人三脚で世界の秩序が形成されて来たが、この二人三脚の仕組みが壊れかけ、この二つがぶつかり始めたというのがアメリカの予備選の伝えるメッセージだ」(佐々木毅東大名誉教授)と指摘される。アメリカ世論は、国際秩序への関わりよりも国内の経済政策や社会政策の転換を求め、ますます内向き志向を強めているように見える。イラク戦争の失敗や財政上の理由から孤立主義の傾向を強める風潮は、テロが繰り返される地域のみならずアメリカ以外の先進国でも強まっている。排外主義が各国で蔓延し、既存の政治勢力への批判が高まっている。イギリスではEU離脱を問う国民投票が実施される。各国政治は世界秩序に気配りする余裕がなくなりナショナリズムへの回帰が目立つ。経済成長は頭打ちになり、ますます内向き志向に拍車がかかる。
 こうした各国のナショナリズム政治は強権政治を産み、悲劇を繰り返して来たことは歴史が示している。第1次大戦後、ヴェルサイユ体制のもと国際連盟が設立された。だがアメリカはヨーロッパとの関わりを嫌う内向き姿勢の議会の反対で加盟しなかった。敗戦国のドイツ、ソ連も不参加だった。1929年、世界恐慌が起こると、英、仏は排他的なブロック体制を築き、米はニューデイール政策で乗り切ろうとした。各国は国際協調による打開よりも排外主義に走る。有効な打開策を持たないイタリア、ドイツでファシズム、ナチスが台頭する。日本でも、中国や欧米との協調を図る外交努力は「親英米派」と敵視され日中戦争から太平洋戦争へと至る。第1次大戦後、各国の内向き政治の結果、わずか20年で第2次大戦にいたる。
 冷戦後、圧倒的な力で世界をリードしてきたアメリカだが、すでにオバマ政権発足時からこれまでの指導力にかげりが見られていた。今回、大統領選で国際協調よりも排外主義の主張が優勢になり、アメリカの国際社会への関わり方は一層不透明さを増している。さて我が日本は、こうしたアメリカや国際社会の動向を見ながら、国際協調を基調に存在感を示して行けるだろうか。日本の政治もまた正念場を迎えている。

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「脆弱な日中関係」に思う

 1914年6月28日、ボスニアの首都サラエボで2発の銃弾が撃たれオーストリア・ハンガリー帝国の皇位継承者フェルナンド大公と大公妃に当たる。二人は命を落とした。ヨーロッパでは、それまでの暗殺事件と同じくテロ事件として終わるだろうと思われていた。だが事態は予想に反して大きく展開する。7月28日、オーストリアがボスニアに宣戦布告する。ドイツが同盟国オーストリアを支持する。ロシアはセルビアに加担する。そのロシアはフランスと同盟を結んでいた。イギリスも参戦する。戦火はとどまるところを知らなかった。足かけ5年にわたり900万人以上の兵士が犠牲になるという常識をはるかに超える第一次世界大戦は、こうしてサラエボの偶発的な銃声をきっかけに始まる。
 1937年(昭和12年)7月7日、北京郊外の盧溝橋で演習中の日本軍に数発の銃弾が撃ち込まれた。そして一人の日本軍兵士が行方不明になったことに端を発し、日中両軍の間で偶発的な小衝突が起こる。一旦は現地で停戦協定が成立する。日中双方とも不拡大を希望しながらも挑発には断固応戦すべく現地軍の増強を図った。だが停戦協定は現地日本軍の連隊長の独断による進軍命令によって破られる。この瞬間、泥沼の日中戦争は既定の事実として始まる。盧溝橋事件は東京裁判でも取り上げられ、研究者の間でも検証作業が行われてきた。最初の銃弾は、中国軍が撃ったのか、日本軍が撃ったのか、蒋介石軍は共産軍の仕掛けなどと主張し真相ははっきりしない。意図的であったか、誤射だったかも不明だ。だが全く偶発的な事件を発端に、意図しなかった形で戦争が起き、以後、事態は拡大の一途をたどる。
 このように戦争は宣戦布告して始まるよりは、偶発的なテロ行為や小競り合いをきっかけに起こることが多い。そしてそれぞれの関係国では事件を沈静化するよりは、行き詰まりを排外主義で解決しようとする政治が目立つようになり、衝突が拡大される。歴史の教訓として受け止めることが必要と思われる。
 中国の全国人民代表大会(全人代)が終了した。原油価格の下落とともに世界経済変調の要因とされる中国経済の建て直しが世界的に注目された。われわれには中国経済の先行きとともに偶発的な軍事衝突がもう一つの懸念だ。中国の李克強首相は終了後の記者会見で「日中関係は脆弱」と述べた。特に海洋進出で南シナ海から東シナ海、尖閣諸島では緊張感が漂っている。領空、領海への侵犯や一昨年起きた火気管制レーダーの照射事件など不測の事態も懸念される。われわれは緊密な日米同盟のもと国際法遵守の姿勢や国土を守る主張を貫くことは言うまでもない。一方で、軍事的、経済的パワーの拡張を警戒しつつも、友好的、協調的関係を追求することを基調に日中関係の改善に努める必要がある。サラエボや盧溝橋などの偶発的な軍事衝突を避けるため、中国と危機管理の実務的協力の体制整備も急がなければならない。また国際協調こそが中国の利益になることを、中国の指導者や国民が認識するような環境をねばり強く作り上げて行くことが大切ではないだろうか。毅然とした姿勢とともに冷静な判断力で日中の信頼関係を一歩ずつ前進させるべきと思われる。

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選挙制度の答申

 衆院議議長の諮問機関「衆院選挙制度に関する調査会」の答申が14日に出された。佐々木毅元東大学長を座長とする専門家揃いの調査会メンバーの論議の末の答申で、さすがと肯ける内容に思える。1票の格差是正についてはアダムズ方式で人口動態に合わせて是正するとした。もともと現行の制度発足の時に、各都道府県に一人別枠方式を採用したところから矛盾があり何度も最高裁などからも指摘されていた。ようやく1票格差是正の具体的方策が示されたわけで、与野党は答申の実現に向けて立法措置を急ぐべきだ。
 問題は定数是正の方だ。答申は小選挙区で6、比例選で4削減するとしている。同時に議員定数は、「国際比較や過去の経緯からすると多いとは言えず、削減する積極的理由や理論的根拠は見いだしがたい」と指摘している。だが各党が選挙公約で国民に約束したことを配慮したという。これは各党への痛烈な批判と受け止めるべきではないだろうか。現に先進7カ国の中で下院の議員一人当たり人口はアメリカを除くと日本が圧倒的に多い。各党は消費税引き上げの際、「身を切る改革」などと言って、定数を減らすことで改革姿勢をアッピールすることに腐心した。立法府と行政府との統治の仕組みをどうするか、議員内閣制のわが国では内閣を構成するため大臣、副大臣、政務官など何十人も政府に送り込むことが必要だ。合わせて国会対応も可能な体制が必要だ。地方議会の定数削減議論とは違った視点が求められる。どのような政党政治の姿を目指すのか、どのような議会や統治の仕組みを想定して制度の設計をするのか、本質的議論がなされないまま、人気取りのための定数削減が公約された。今回の調査会の答申は、定数削減は単なる人気取りのためでない冷静な議論を求めていると、読むべきと思われる。
 各党は今回の答申を受けて、直ちに立法措置に向かうべきだ。一部で報道されている小手先の選挙区の境界調整だけで済ませると将来に禍根を残す。各党、とりわけ影響を受ける議員を多く抱える自民党の決断が求められる。同時に、答申でも言外に感じられるように、衆参合わせた統治の仕組み、選挙制度の議論が欠かせない。数年前、衆参のねじれ現象で「決められない政治」が続き憲法制定時の矛盾が指摘されてきた。国民代表機能を並立して持つ院が二つ存在する国はない。衆参の議決が異なる場合の再可決条件の3分の2は適切かどうかなど、衆参の役割分担を議論することが求められる。衆院は人口比で、参院は地域代表の権利を反映するなどの仕組みにすることも考えられる。
 衆院で今回の答申を立法化することや、参院も数県の合区(10増10減)でとりあえず違憲状態は回避される。だがそれは当面の措置と認識すべきだ。本質的な統治の仕組みや選挙制度の議論を深めることがどうしても必要と思われる。そのために今回のような衆院議長の諮問機関でなく91年の第8次審議会の答申以来、設置されていない第9次選挙制度審議会を立ち上げて衆参含めて、あり方の議論を進めるべきではないだろうか。

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2015年政党政治の感想

 戦後70年の今年は安保法などで与野党対立が続き、粛然とは言えない1年だった感がする。1強多弱と言われる日本の政治状況で、安全保障政策をめぐって与野党の激しい対立が続いた。果たして今後、政党政治は有効に機能して行くだろうか。国民の多くが不安を感じているのではないか、と思われる。
 まず結党60年を迎えた自民党の安倍政権は、安保法案、TPPなどの懸案に取り組んだ。沖縄普天間基地移設問題やデフレ脱却などの懸案には解決の見通しが立っていないとは言え、まずは自らが提起した課題について結論を出した。だが多くの課題を抱えているのも事実だ。特に多様で分厚い保守の風土が党内で消えることを懸念する声は強い。まず、この党の伝統であった派閥政治がなくなり議員の集合体になったことのマイナス面が指摘される。派閥による金権体質がなくなったことは歓迎すべきことかも知れない。だが同時に派閥の担っていた総理候補などリーダーの養成機能、議員を雑巾がけから鍛錬する機会などが減った、と評される。また官邸主導の運営になり政調部会などで議員が活躍する舞台が少なくなった結果、専門性の高い議員が減り、政策決定力にかげりが見られる、とも言われる。安保法案でもリベラル派からの懸念の声はついぞ聞かれなかった。人事でも靖国を参拝する人達が優遇されキャッチオールパーテイー(包括政党)としての懐の深さが消え度量の狭さが指摘される。派閥政治や族議員が跋扈する政治からの脱却は必要だ。だが、かつてリーダーや専門性の高い議員が次々に生み出された土壌、伝統は、新しい仕組みを築く中でぜひ引き継いで欲しいものである。官高党低で多様性が薄れ、政権党としてのダイナミズムが失われていないか。安泰と見える自民党だが、抱える課題も深刻と思える。
 野党は、維新の会の分裂、民主、維新の統一会派結成などの動きがあった。だが野党の中心である民主党には、現実性のないマニフェスト、ポピュリズム(大衆迎合)の典型だった政治手法などで国民の支持を失った、あの3年間の政権時代の総括を深めて欲しいものである。その後も政権戦略や政権政策を描き切れず、安保やTPP問題でも党内一致した方針が発信されていない。1度目は自民党の失政で政権交代を実現できた。2度目は磨かれた政権政策がどうしても必要に思われる。最近の世論調査でも明らかなように安倍政権や自民党の支持理由は「他に適当な人がいない」「変わるべき政党がない」という消極的理由がトップだ。つまり民主党など野党には不安で任せられないことが安倍政権の支持率を支えている。まずは国民が信頼できる政策を練り上げることと、合わせて魅力あるトップリーダーも必要だ。非自民、反自民だけでなく政策と人材で政権を競う姿を見せて欲しいものである。野党の脱皮が求められる。
 政権が変わって対外政策や経済政策が根本から変わることでは国家が危機に陥る。日本の二大政党による政権交代が行われた歴史としては、大正末期から昭和初期にかけて政友会と憲政会(民政党)による政権交代が頻繁に行われた先例がある。だがこの時代も二大政党による切磋琢磨はあったが、2,3年ごとの政権交代のたびに対外政策の基本が変わり、日本の対外的信用が失墜した。経済政策でも政権が変わるたびに積極政策と健全財政の採用が繰り返された(坂野潤治 日本近代史 ちくま新書)。結果、軍部や官僚、マスメデイア世論など超越的勢力が台頭し政党政治の崩壊に繋がる。
政権交代可能な二大政党システムは確立するだろうか。各党に不断の自己改革が求められている。昭和初期の政友会・民政党の歴史も教訓にしながら前進して欲しいものである。

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対立の議論で感じたこと

 安全保障観連法案が成立した。この過程で賛成、反対双方の立場で論争が繰り返されメデイアの論調も国民世論も大きく割れた。ある程度、国民的合意がなされ、例え政権交代があっても一貫性が要求される安全保障政策が、今回もまた国民世論やマスコミ、政党間の分断の中で成立したのは残念だった。いつまでも続く55年体制の残滓も感じたが、これから冷静に安全保障政策や憲法の議論を深めたいものである。
 大切なのは国際平和への貢献策や国際社会への関わり方についての議論だと思われる。グローバル化や非国家の軍事組織による殺戮や軍事支配が進む国際社会で、多国間の国際協調が大切になっている現状で世界各国がPKO活動や人道支援、復興支援などで活動している。日本はこれからも憲法上の制約を理由に他国に任せて良いだろうか、という問題意識が必要だと思える。国際情勢を見誤り、国際連盟脱退、三国同盟締結など独善的、場当たり的外交で国際協調に欠けていたことに戦前日本の悲劇があったのではなかったか。その責任は軍部や政治家だけでなく、新聞や国民の熱狂的後押しにあったことを皆で自覚する必要があるのではないだろうか。「国際社会で名誉ある地位を占めたいと思ふ」「いずれの国家も自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」とする憲法前文の要請に応えて行く方策を真剣に検討すべきと思われる。
 また日本国憲法は集団安全保障を前提としていることは通説だ。憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」そして9条の「国権の発動たる戦争、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と続く文脈は明らかに世界政府的な国連の集団安全保障の機能を前提にしている。だが国連常備軍は存在せず、加えて常任理事国の拒否権が保障されており、国連による安全保障は機能して来なかった。結果、日本の安全保障政策は国際環境の変化とイデオロギー対立の間の折り合いを付け、憲法の拡大解釈を重ねて対応してきた。また国連の安全保障機能はPKOや国連決議に基づく多国籍軍の編成という形で行われてきた。日本は抑制的で防衛主体の軍事力を保持する姿勢を基調にしつつも、こうした「国権の発動」とは異なる国連への活動に積極的に取り組むことが憲法の要請ではないだろうか。自国が攻撃されないかぎり武力を行使しない、とする姿勢は確かに平和的だ。だが同時に日本人の命は大事だけれども他の国の人の命は大事ではない、とする考え方に繋がるのではないか、とする指摘もある(植木千可子「平和のための戦争論」ちくま書房)。個別的、集団的自衛権の差異や違憲論争などの議論も大切だが、国際協調による平和活動や集団安全保障機能の強化についてさらに議論を深める必要があると思われる。
 今回の法案をめぐる議論では、安倍総理の歴史観に何となく危うさを感じる部分もあり、これからの国際社会との関わり方についての議論が深まったとは言えない。また日米同盟について他の選択肢はあるのか、中国の海洋進出や北朝鮮の核脅威などにどう対応すべきか等、イデオロギー対立を超えた国民的合意に向け抽象的ではなく具体的議論が必要と思える。それは日本がこれから国際社会とどう付き合って行くかという基本的な問題だ。多様な意見の存在は民主主義にとって歓迎すべきことだが、国際社会との関わりについては従来からの保革の対立、護憲派と改憲派の対立を超えた、ある程度の共通項を見出すことは不可能だろうか。
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八月革命説

 毎年八月のこの時期、平和や憲法論議が論壇で盛んになる。その中で、地方紙(信毎)が憲法制定過程のインタビュー記事を連載しているのを興味深く読んでいる。
 宮沢俊義氏が唱えたいわゆる「八月革命説」だ。紙上では上智大の高見教授が支持する立場で論じている。「ポツダム宣言」を受諾した時点で、主権は天皇から国民に移ったと考えるほかない。そこで断絶があり、法的な意味で革命が起きた、とするものだ。押し付け憲法論の否定の論拠ともされる。これに対し独協大の古関教授が、革命が起こったとすれば体制の断絶があったはずで明治憲法の改正手続きを使うのは無理がある。また革命ならば、その主体は誰だったのか、天皇なのか、マッカーサーなのか、国民なのか、と疑義を呈し八月革命説を否定している。また3回目の小山大月短大教授は「GHQによる押し付け」で憲法無効論を唱えている。
 近代憲法とは、国民主権と基本的人権を謳い、権力の横暴から人間の生命や自由を擁護するものだ、と学生時代から憲法原論などで学んできた。だが近代憲法が成立したフランスでは、専制や王制から人民を解放し人民政府を樹立する革命という歴史の断絶があった。アメリカでも本国の重課税と支配に対する独立戦争による革命を経て憲法制定に到る。そこには革命以前の歴史は間違いで、以後の歴史こそ正しいとする歴史認識がある。一方、イギリスは歴史の断絶がないから成分憲法を持たない。日本国憲法はGHQ案を基に明治憲法の改正という手続きで制定された。課題だった国体の護持は象徴天皇制となった。憲法制定議会では論議が深められ、いくつかの修正もなされた。だが、フランスヤアメリカ型でもイギリス型でもなく日本的な曖昧さを残したまま憲法が制定されたことは否定できない。故に、護憲派と改憲派の論争も繰り返されてきた。憲法や歴史に深い造詣がるわけではないが、そろそろ八月革命説や押し付け論を超える議論が必要と思われるのだが。そんなことに思いをめぐらせていたら、大沼保昭氏が「歴史認識とは何か」(中公新書)を先日出版された。早速、書店で買い求め読んだ。江川紹子さんの問いかけに、東京裁判、元慰安婦問題、戦争責任などについて、「自虐」でもなく「独善」でもない視点の必要性を指摘されている。江川さんの「歴史認識」を問い直すことは、他国との付き合いをうまくやるためでなく、これからの日本がどういう国であろうとするのか、を考えるために重要だ、とする意見に共鳴した。
戦後70年、憲法や歴史認識について今日までの議論を越えた、新しい地平が求められているのでは、と感じた次第である。
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背景

 折から安全保障法案の国会審議の山場で、かねてから自民党に懸念されていたことが露呈した。百田尚樹氏を講師に開かれた勉強会でマスコミ批判が噴出したことである。百田氏は「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない」と発言し、出席した議員からは「マスコミを懲らしめるためには広告料収入を絶つのが一番。経団連に働きかけて欲しい」「悪影響を与えている番組を発表し、そのスポンサーを列挙すれば良い」などの発言が相次いだ、とされる。
 かねてから安倍総理、安倍政権には歴史認識が懸念されていた。安倍首相は、戦後レジーム脱却を訴えたり、「侵略という定義は定まっていない」と発言したり、靖国参拝と合わせ、その歴史認識が危ぶまれてきた。この70年間、日本政治は左右の勢力の対立もあったが、戦後民主主義の果実の上に、国民のコンセンサスが形成され安定社会が築かれてきた。安全保障分野でも防衛的で抑制的な姿勢が貫かれてきた。安倍政権でも懸念されていた歴史観は別に、具体的政策の実行段階では、その伝統が受け継がれ、大筋、国民の同意も得て支持率も高い水準を維持してきた。
 だが懸念されるのは信条優先の人事の偏りだと指摘される。NHKの会長に籾井勝人氏、続く経営委員に百田尚樹氏や長谷川三千子氏等「東京裁判史観」批判を展開したりする人たちを選任した。また今年、安倍内閣の女性閣僚3人が揃って靖国参拝し、歴史観の異なる自民党女性議員は閣僚ポストから遠ざけられた、とする見方もあった。自らの価値観に近い人を重用し、ポスト任命の基準にする志向が目立っていた。今回の安倍再選を目指す「文化芸術懇話会」のメンバーも、こうした歴史観を持つ人が多いという。異なる意見を持つ人を排除したり遠ざけるのではなく、多様な意見に耳を傾け人材の登用も図る、謙虚で度量の大きさこそが求められる。生き生きした組織運営のためには、内部に多様性を抱え活発な議論が行われることが絶対的に必要という。
 皮肉にも安保法案の審議を混乱させ政権批判をもたらした今回の一連の動きの背景に、歴史認識や人事政策の影響を感じてしまうのである。
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地方統一選雑観

 地方統一選が終わった。多くの問題点が識者やメデイアから指摘された。場当たり的な修正で済む問題でなく抜本的な改革の必要性が顕在化した選挙だったと思える。
 前半の知事選では10人の内8人が当選4回以上で多選が目立った。41の道府県議選では全選挙区の3分の1が無競争、総定数の5分の1が無投票当選となった。後半の政令市以外の市町村の選挙でも89市長選で約3割、122町村長選で半分近く、373町村議選でも4分の1が無投票当選となった。また投票率も記録的な低さだった。
 常態化している候補者不足、記録的な低投票率など地方自治が深刻な危機に瀕していることを示した選挙だった。かつては村落や地域の名望家や信望の厚い人などが推されて首長や議員になることが多かった。だが地域社会の変貌に伴い、こうした仕組みは有効性を失い、結果、首長や議員のなり手は限られ資質の低下をもたらしている。議会の多くは首長提案の議案を追認するだけの存在になっている。かつて改革派と言われたある知事が、学芸会のような議会、と揶揄したこともあった。また高額な議員報酬、物見遊山的な視察、政務調査費の不適切な支出など、地方議会に対する批判は絶えない。まさに存在理由さえ問われる事態になっているのが現状ではないだろうか。
 こうした危機に地方議会みずからが改革に取り組むべきだが、どこの議会でも、わずかな定数削減など小手先の対応で終わってきたのが現状だ。地方に任せていても残念ながら改革が進むとは思われない。この際、中央からも積極的に改革の切り口を提起すべきと思われる。13年に改正したばかりだが公職選挙法で定める選挙区基準の見直し、条例で定めるとされる定数の見直しなどについて、例えば大中選挙区制導入などを検討すべきと思われる。またアメリカやスウェーデンなど各国で行われているように議会の開催を夜間や週末にするなどして、サラリーマンや子育て世代など幅広い人材が立候補出来る仕組みも検討すべきと思われる。
 明治4年の廃藩置県で旧大名が廃され、藩札が政府紙幣に交換され明治維新がほぼ完成する。当初302県3府だったが明治22年43県3府に再編され今日に至っている。この100年以上続いた中央集権体制の仕組みを改め、地方の自立や分権が叫ばれて来たが道州制など改革論議も停滞している。地方創生と言うけれども、担うべき首長や議会は対応出来るだろうか。候補者不足、無投票、低投票率、深刻な現状が浮き彫りになった地方統一選だった。
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「花見の会」

 久しぶりに旧友達が東京で「花見の会」と称した懇談の会を開き案内状を送ってくれた。勇んで参加した。かつての友人達が10数人集まっていた。当時、一線の記者だった報道界の人達は皆、編集や解説を担当する幹部社員になっていた。良く勉強会などでお世話になった大学教授の方々は、今も学界や論壇などで活躍されていて情熱は相変わらずの様だった。大きな窓からは満開の花と行き交う花見客が見られる絶好のアングルの小さな部屋で、杯を傾けながらの会だった。安部政権の評価から野党再編など幅広い範囲に話題は弾んだ。
 出席者の一人に憲法調査会会長を務める保岡興治衆院議員が居た。保岡氏は、国家緊急事態の条項を憲法改正の優先課題とすべき、と持論を述べた。「東日本大震災では、特別立法で東北の地方自治体の選挙を延長したり首長や議員の任期を延長した。阪神淡路大震災の時も兵庫県議会議員選挙が延長された。もしこのような巨大震災が国政選挙の直前に発生したらどうなるか。国政選挙や国会議員の任期を延長しなければならない。ところが憲法にはこうした規定がない。憲法の規定を法律で改めることは許されない。こうした国家緊急事態についての憲法改正の議論を速やかに始めるべきだ」と用意されてきたペーパーを配布して熱っぽく語られた。
 国家緊急権は多くの国で規定されていて日本国憲法の欠陥だとする指摘がある。国会や憲法学者の間でも容認説、否定説など長年にわたって論議されてきた。保岡会長は正面から国民議論を始める決意のようだ。出席者からは立法の手法や中身について、さまざまな角度から意見が出された。
 憲法問題は長い間、9条をめぐる護憲派と改憲派の対立で議論が噛み合って来なかった。ただ例えば第7条の国事行為の「国会議員の総選挙の施行」とあるが参院に総選挙はない、また私学助成が89条違反であることも指摘されている。こうした憲法制定時の事務的ミスは早く改正すべきだ。さらに59条の衆院の可決法案が参院で否決された場合の再可決用件の3分の2という高いハードルが、決められない政治の元凶になってきた。緊急事態と合わせ議論を進めるべきだ、などなど出席者から発言が相次いだ。
 保岡氏の出席で憲法が話題の中心になった。百花繚乱、議論百出、楽しい会話を交わし勉強もさせてもらった「花見の会」だった。田舎暮らしの私は、久方ぶりに心地良い知的刺激を受けて帰路についた。
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