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参院の存在を問う

 参議院の選挙制度改革をめぐって自民党などが提出した公職選挙法改正案は11日参院本会議で可決されたのに続き18日衆院でも与党側の賛成多数で可決された。ただ今回の法案はどうひいき目に見ても納得し難い内容だ。来年夏の参院選から適用しなければ、裁判で一票格差が憲法違反とされる判決が出される可能性が高い。選挙制度の改正には周知期間が必要で、それを考慮するとこの国会での結論が必要だったのだろう。法案の中身は、一票格差是正のため埼玉選挙区を2増する、比例代表に政党の政党の定める候補者順位で当選者を決める「拘束名簿枠」を設け定数を4増する、などだ。どう見ても、その場凌ぎの小手先な対応と言わざるを得ない。とりわけ鳥取・島根、徳島・高知の合区で溢れた議員救済のため拘束名簿の特定枠を導入するなど無節操ぶりにあきれるばかりである。
 そもそも13年参院選の一票格差が「違憲状態」とする最高裁判決があって15年の公選法改正で合区を導入した。その際「19年の参院選に向け抜本的見直しを検討し必ず結論を得る」と付則に明記したのではなかったか。読売、朝日、毎日など各紙の社説は一斉批判し、野党はもちろん、自民党の衆院側からも強い懸念の声が出たのは当然だ。
 もともと参院制度は憲法制定過程から問題を孕んでいた。GHQから示された憲法原案は一院制だった。日本側の強い要望を受け、GHQも貴族院とは違って国民の選挙で選出される第二院ならば、ということで参院が制度が生まれた経過がある。そして憲法43条に「両議院は全国民を代表する選挙された議員で組織する」と規定された。しかし憲法制定議会では二つの異なる国民代表機関が存在することへの懸念が何人かの議員から指摘された。時の金森憲法担当国務大臣は衆院の優先性があるから懸念には及ばないと繰り返し答弁した。
 世界で二院制を採っている国は4割弱の60カ国余りだ。第二院はイギリスでは貴族などで構成され世襲制で終身制、ドイツは任命制で州の首相などが務める。フランスは間接選挙で下院議員や県会市町村議員が投票人だ。アメリカの上院は各州から選出される。ほぼ同等の権限を持ち国民の直接選挙で選ばれる日本の参院制度の特異性が目立つ。それが日本の決められない政治の温床になったり、参院選の敗北の責任を取って何人かの総理が辞任したり政治の不安定の要因になってきたのは周知の事実だ。まさに憲法制定当時から懸念されていた課題が浮き彫りになっていると言える。しかも現状の参院は抑制と均衡の役割を果たすどころか衆院のカーボンコピーと揶揄される始末である。
 参院は果たして必要なのか、多くの国のように一院制でも良いのではないか、たとえば年金制度とか財政再建など長期課題に取り組むなど衆院とは違う権限の院にすべきではないか、などなどこれまでも様々な議論が行われてきた。参院の改革は憲法43条や59条の再可決要件などの改正を含む憲法制定時以来の大切な課題だ。会期末のドサクサに紛れて小手先の党利党略的な公選法改正で済まされる問題ではない。改革をネグレクトし平気で定数増など当座を凌ぐ国会に、行財政改革を語ったり、来年の消費増税を唱える資格はあるのだろうか?
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年配者の「君たちはどう生きるか」

 「君たちはどう生きるか」のマンガ版(芳賀翔一・マガジンハウス)が大ヒットし今も売れ続けているという。ブームが起きてかなりの日数が経つのに、いまだに多くの書店で特設コーナーを設けて売り出している。もともとの原本は1937年に吉野源三郎によって書かれ「日本少国民文庫」(新潮社)の一冊として刊行された。前年の36年には二・二六事件が起り、この年は盧溝橋事件が勃発、日中戦争の泥沼化と軍国主義へ大きく傾斜して行く年であった。そんな時代に子どもたちにしっかり生きて欲しいという願いを託して書かれた本である。
 山の手の知的エリート的な家庭の旧制中学二年生コペル君こと本田潤一と叔父さんとの対話をベースとして物語は展開される。ニュートンやナポレオンが登場し科学や歴史への見方を学び、いじめに直面したコペル君の行動と苦悩も描かれている。活字離れが進み、出版業界の不況が深刻化する中で80年前のこの本が売れるのはなぜか?作者の吉野源三郎(1899~1981)は戦後民主主義の旗手として、岩波書店の雑誌「世界」の編集長として長くその任にあたったことで知られる。この原本はその吉野の若き日の一冊である。吉野は東京師範学校附属小中学校を卒業し旧制一高、東京帝国大学経済学部へ進む。こうした吉野の経歴から「君たちはどう生きるか」のコペル君は東京山の手育ちの吉野の自伝的小説だという見方もあり、教育者や学生に愛読された作品である。現代の教育者や子を持つ親も、コペル君が上級生のイジメを目撃し仲間を見捨てる罪悪感などに現代教育の直面する課題と重なり合うものを感じたのだろうか。それとも子や孫に「未来の知識人」を期待してのことだろうか。ブームの要因としては、はっきりしない。
 しかし今回の大ヒットは、どうやら年配者にけん引されているようだ。私も数軒の本屋で「どんな人たちがお買い求めになられるか」と店員さんに訪ねてみた。「年配の方が多いです」という返答だった。マンガと同時に刊行された新装の「君たちはどう生きるか」(マガジンハウス)で前書きを執筆した池上彰も源三郎の長男吉野源太郎(元日経新聞論説委員)との対談で、子どもたちの両親やおじいさん、おばあさんが買い与えているためだと分析している。(文芸春秋18年3月号)
 戦後、吉野は「世界」を拠点に51年の「単独講和か全面講和か」60年の「安保改定」などに挑み続けるが、自身で敗北を認める結果を味わう。「君たちはどう生きるか」のヒットは、吉野と同じ敗北感を味わい戦後を生きた私たち高齢世代の思考のジレンマが要因の一つと言えるかも知れない。この本は、戦後民主主義の世代、60年安保世代、70年前後の全共闘世代等々、一度は「世界」を小脇に抱えて反戦平和を唱え、心情的に岩波文化に同調した世代の数多くの人々によって読まれているのではないか。自らを進歩的と自認しながら、今なお行き場に迷っているわれわれ高齢者のノスタルジアが本を手に取るきっかけになっているのではないか。若い世代だけでなく、年配者になっても「君たちはどう生きるか」が問われていることは確かである。
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公文書問題と統治機構改革

 公文書をめぐる不祥事が相次いでいる。森友学園への国有地売却をめぐる財務省の決裁文書き換え問題。加計学園の獣医学部新設をめぐる存在を否定した文書が文部科学省で発見された問題。防衛省では南スーダン国連平和維持活動の廃棄した日報が発見された問題、04年の陸上・航空自衛隊のイラク派遣部隊の日報が発見された問題。また厚生労働省では裁量労働制をめぐる不適切なデーターを政権側に都合よく使った問題が見つかり撤回に追い込まれた。繰り返される公文書の不祥事は何故起きたのであろうか、政界に限らず論壇でも様々な議論が展開されつつある。
 例えば、14年に内閣人事局を発足させて官邸が霞が関の幹部人事を握り政治主導を進めてきた。そこから「安倍一強」の忖度政治が蔓延したとする指摘だ。だが従来の縦割り行政の欠陥を是正し、首相のリーダーシップと内閣の方針のもとに「政治主導」の枠組みを作る必要性は絶えず指摘されてきた。90年代の橋本内閣で中央省庁再編など大規模な行革が実施されて以来、首相主導の政治システムは、民主党政権を含め、歴代政権の課題だった。官邸の予算・人事機能の強化は、予算編成の基本方針作りを進める「経済財政諮問会議」、各省庁人事を統括する「内閣人事局」として数年かけて実現されて行く。そして行政の縦割りの解消やスリム化では一定の成果をあげ、官僚主導を政治主導に変える目的もある程度前進したとする肯定的な見方が多い。
 公文書書き換え問題や隠蔽問題については、中央省庁の再々編案(日経新聞4月7日掲載)や公文書の電子化、さらに統治機構を外部からチェックする独立機関の設置案など提言がなされており、今後も議論が進むものと思われる。
 だが度重なる不祥事の背景に、強すぎる首相や官邸権限があるとすれば、統治の仕組み全体の検討が必要と思われる。例えば、首相の権力集中に使われる解散権の議論、平成の改革で積み残した参院改革を含む統治機構改革などだ。首相の解散権は唯一首相だけが行使できる「伝家の宝刀」と言われ、安倍首相は権力維持の手段として、すでに2度もその宝刀を抜いた。憲法7条を首相の自由な解散権の根拠とし衆院任期を半分以上残した14年の解散、臨時国会召集を逆手に取った17年の冒頭解散だ。日本と同じ議院内閣制のイギリスでは2011年に「議会固定法」が成立し議員の3分の2が賛成、又は政権への不信任案が可決された場合以外は解散が禁じられた。「安倍一強」の実現は首相の解散権行使の影響が大きいことは明らかで、憲法改正を含めその制約手段の検討が欠かせない。
 衆院や行政や司法など平成の諸改革が行われたが、唯一手が付けられず取り残された参院改革も必要だ。自民党の憲法改正案では参院の合区解消が焦点とされているが、国民代表機能を並立して持つ院が二つ存在する国は世界で見られない。2院制の在り方の根本論議の必要性が叫ばれながら政治日程に上ったことはない。こうした政治機構の在り方を問う大がかりな議論の中で「政と官の在り方」の議論の展開が必要だと思われる。いくつかの憲法改正課題の中でも統治機構問題こそ優先されて議論すべきではないか。公文書問題をめぐる忖度政治は、内閣人事局の問題にとどめる課題ではなくトータルな統治機構改革の中で議論して欲しいものである。
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政権担当能力を磨き野党再生を

 野党再生は日本の政治にとって重要課題だ。院内の統一会派論議などが進んでいるが先行きは不透明だ。
 選挙制度で小選挙区制は二大政党制、比例代表制は多党制をもたらす、と政治学の分野では常識的な法則として語られてきた。だが近年の日本では、この法則が当てはまらず、ここ3回の選挙で一党優位体制と野党の分散状況が続いている。90年代の政治改革法案によって中選挙区制から小選挙区比例代表制とし、選挙運動も政党中心の仕組みを取り入れ、政党助成制度も導入した。冷戦の崩壊という世界史の転換期に、旧来の55年体制のまま政治を続けて行くことへの危機感からの改革であった。海部、宮沢、と二つの内閣が倒れるなど苦闘の末に生まれた制度であった。小選挙区比例代表制は、二つの政治勢力が政策を提示して対峙し、選挙での勝者が総理の強いリーダーシップのもと政権を運営することを想定し制度設計された。制度発足後の数回の選挙では二大政党制に近づく現象が見られた。新進党、民主党と野党再編が進み二大政党の一角が形成され、民主党は2009年の総選挙では300議席を超える圧勝でついに政権を獲得した。順調に日本に二大政党制が定着するかと思われた。だが、この政権の致命的失敗がその後の二大政党形成の展望を失わせてしまう。民主党政権は沖縄問題などで誤りを犯しただけでなく「コンクリートから人へ」をキャッチフレーズに子ども手当や高速道路無料化などを掲げて政権運営を行ったが、多くの政策が破綻し自滅する。野党に求められたのは、この政権の失敗を反省し政権政策を磨くことだった。しかし安保法制反対などが声高に叫ばれたが、アベノミクスに対抗する経済政策や目指す社会像を国民の前に提示することはなかった。昨年の衆院選でも、ほとんどの野党から消費税引き上げ反対論と子どもから老人まで社会保障を充実します、などと根拠のない選挙政策が語られ、財政再建について国民の心配に応える政策提示はついぞ見られなかった。選択肢の示されない選挙で有権者は与党を選択するしかなかった。求められていたのは大衆迎合でなく、財源論から逃げない社会政策を確立し国民の将来不安に応える政策ではなかったか。
 では混乱状況にある野党をどう立て直すのだろうか。当然、即効薬はないが歴史を辿ると、今日に似た混沌とした政治状況の克服のために立ち向かった示唆に富む先例が見つかる。戦前の1913年新党・立憲同志会が設立されて政権獲得に至る足取りだ。同党は大隈内閣で与党だったが下野し、選挙にも敗れる。だが苦節10年、ついに1924年の選挙で第1党に躍進し加藤高明内閣が誕生する。巨大政党の政友会に対抗しながら、政権政策を磨く努力の積み重ね、後に総理を務める若槻礼次郎、浜口雄幸等が育つ人材の育成など、この間の歩みは今日の野党の格好の教材ではないか、と何人かの政治史の研究者が提言する(筒井清忠帝京大教授、奈良岡聰智京大教授等)。その後の二大政党時代を切り開いた憲政会の、政権獲得の努力の歩みを学ぶことは大いに参考になると思われる。合流、合併、統一会派など数合わせの話だけでなく、憲政会に学び、経済と社会の将来構想の確立のため体系的な政策を磨くこと、そして人材の育成に取り組む地道な努力の継続が必要ではないか。焦らず、研鑽を重ねて欲しいものである。
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総選挙を終えて

総選挙が終わった。結果は選挙前に引き続いて自公政権が継続されることになった。今回の選挙は、抜き打ち的な解散、小池百合子東京都知事が代表を務める希望の党への野党第一党の合流、、排除された民進党勢力が結成した立憲民主党などに話題が集中した。小池氏は「寛容な保守」を掲げ、民進党出身者を公認するに当たり、安全保障政策や憲法観を「踏み絵」にした。これに反発した民進党の一部が立憲民主党を結成した。小池氏側とすれば、新しい政党を結成するに当たり、少なくとも安全保障関連法を含む国の安全保障や憲法改正について大筋の考え方が一致するメンバーで新党を発足させることは当たり前と思っていた。しかし「排除の方針」発言から希望ブームは失速し第2党の地位を失う結果に終わった。今回の選挙はこの希望の結成、民進の分裂を中心に興味や話題が集中し政策論議は深まらない結果となった。例えば消費税引き上げについて安倍総理は、その使い道を幼児教育など全世代に広げるとしたが、財政再建への道筋や高齢世代の医療費など福祉の効率化などについて明確な説明はなかった。一方、消費税引き上げに反対した野党も全く同じで「では増え続ける社会保障財源をどうするか」「財政再建をどうするか」などについては曖昧で票目当ての主張に過ぎない印象を有権者に与えた。
 今度の選挙はこうした「美味しい話」ばかりの政党の公約よりも、自公政権の継続か否かが焦点になった。その結果、自公政権の継続が選択されたが、選挙前に野党第一党が分裂した状況を考えれば、政権を選択する衆院選挙で他に選択肢はなかった、と言える。安倍内閣の支持率が下がっていたが自民党の支持率は高い水準を維持していた。有権者は急造の政党に政権を任せることに不安を感じていたことが読み取れる。政党史を紐解くと戦前は立憲同志会、憲政会、立憲民政党が政友会に対峙した歴史があり、戦後も自由党に対し民主党、改進党などが対抗した。近年では新進党、民主党などが自民党と争った。今後、希望、立憲民主党などを中心に野党再編が進むと思われるが政権交代可能な二大政党制の形成を期待したいものである。理念、政策の練り上げ、人材の育成、すべての面で一からのスタートと思われるが政権を担える政党として着実な歩みを進めて欲しいものである。
 もう一つの焦点だった北朝鮮問題など安全保障や憲法問題は論議が深まらないまま終わった。改憲派が保守で護憲派がリベラルと色分けされがちだが、保守とリベラルの言葉の意味は曖昧だ。一般的に保守は伝統や家族などを重んじ、リベラルは個人の権利や市民的自由などを尊重するとされる。だが保守の論客とされる佐伯啓思京大名誉教授によると「日本に本当の保守政党はない」と言い、リベラリストを自任する井上達夫東大教授は「真のリベラル政党は、いまだ日本にない」という(10月17日読売新聞掲載)。また40代以下の世代では共産党は維新の会よりも保守的な政党と意識されている(中央公論10月号 世論調査に見る世代間断絶)。どうやらグローバル経済が進行し保守もリベラルも立ち位置が不明確になり、言葉の使い分けは意味を持たなくなったようであるが、仮に保守政党とリベラル政党の存在があっても、安全保障政策などについては一定の共通認識が必要とされるのではないか。政権交代の度ごとにこれらの政策が180度変わることは国家の在り様を不安定にする。頻繁に政権交代が行われる欧米各国ではこの面では与野党が大筋の考え方を共有している。我が国でも不毛な対立を止揚して、神学論争を繰り返したり、解釈改憲で折り合いを付けてきた歴史を超える新しい地平が求められているように思われる。今回の選挙結果を受けて憲法改正の動きが加速されることが想定される。改憲派と護憲派で世論の分断を招く前に、なぜ憲法を変えなければならないのか、どこをどのように変えるのか、具体的な内容を慎重に議論し国民的合意を図ることが必要と思われる。従来の対立を超える中身の濃い憲法論議を期待したいものである。
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フランス国民と東京都民の選択

 フランスの大統領選挙で39歳のマクロン氏が極右のルペン氏に圧勝した。続く議会選でも発足1年余の新党「共和の国前進」が577議席中308議席を獲得して大勝利した。「民主運動」と合わせ350議席を獲得し、中道右派の共和党や最近まで与党だった社会党は大敗北を喫し空中分解の危機とも言われる。フランス国民が既成政党に「ノー」を突き付けた結果、マクロン政権は安定多数を確保した。
 そして東京でもこれと全く同じような現象が起こった。小池百合子都知事与党の「都民ファーストの会」が55議席に躍進し公明などと合わせ安定多数を確保した。一方、自民党は55議席から23議席と大敗し、民進党もわずか5議席にとどまる結果となった。二つの選挙結果を見ると、小池知事とマクロン大統領のリーダーシップに依存した点、長年、競ってきた既成政党が敗北し、出来たばかりの新政党が多数党になったこと、新党の当選者は政治経験のない議員が大半であること等々、類似点が多い。今後、フランスでは対EUや移民政策など、東京では豊洲市場移転や待機児童問題など具体的な政策対応力が問われることになる。
 さて注目するのは第一に都議選が与えた国政レベルへの影響だ。自民党の記録的大敗は安倍政権に打撃を与え、盤石だった政権運営に変化の潮目をもたらした。通常国会終盤の強引な国会運営、謙虚さや丁寧さを欠いた加計学園問題などの国会答弁、稲田防衛大臣発言や議員の秘書に対する暴言暴行などなど、都民に限らず国民が政権の驕りと緩みを感じ取り都議選の敗北のみならず全国的な支持率の大幅低下をもたらした。国民の不信感は内閣改造だけでは拭いきれないことは明らかで、自民党はどう立て直しを図るのであろうか。一方、民進党の姿も霞む一方だ。首都で存在さえ否定された状況をどう突破して行くのであろうか。フランスと同様、突き付けられた不信感を日本の既成政党は克服できるだろうか。
 第二の注目点は「都民ファーストの会」の国政への進出の行方だ。すでに数人の国会議員が新党結成に向けて動き始めていると報道されている。どんな政策を掲げるのか、経済運営や安全保障でどのような思想を確立して行くのか、まだ姿は見えない。今回の「都民ファーストの会」の勝利は橋下前大阪市長の「大阪維新の会」と同様、大都市からの既成政治への反乱だ。大都市からのうねりがフランスの「共和国前進」と同じ現象を引き起こすことはできるであろうか。果たして、安倍一強に対する対抗軸の形成や野党再編の起爆剤に成り得るであろうか。驕りや緩みの政治に愛想を尽かしても行き場のない国民感情の受け皿に成り得るであろうか。それとも、かつて自民党が弱体化した時、新自由クラブや日本新党、みんなの党などが現れ、歴史的使命を終えると消滅して行ったのと同じ道を辿るのであろうか。「輿論と世論」などの著書で知られる佐藤卓己京大教授は過大な期待は無理筋だとする。期待と疑念が交錯する中、フランス国民の選択と同様に、東京都民の選択が日本の政党政治の再生に繫がることを念じたい。
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メデイアの曲がり角

 アメリカのトランプ現象、イギリスのEU離脱をめぐる国民投票、ヨーロッパ各国での極右政党の進出などナショナリズムとポピュリズムが世界中に拡がり論壇を賑やかしている。こうした現象とともに世論形成に大きな影響力を発揮してきたメデイアの変貌と在り方が問われている。トランプ氏は当初からニューヨークタイムスやCNNなど既存メデイアに敵意を剥き出しにする発言を繰り返した。そしてインターネットを通じツイッターなどSNSで自ら発信するメデイア戦略を取った。支持者はより強力に支持し、既存メデイアなど反対者は批判を強める。それもトランプ氏の計算の内だったとされる。またイギリスのEU離脱をめぐる国民投票でも二者択一を迫る投票行動でSNSが大きな影響力を発揮したという。最も成熟した民主主義国である両国で起きた「既存メデイアの敗北」とも言える現象は、これまで民主政を支えたメデイアの在り方に根本から見直しを迫るものだ。
 排外主義的なナショナリズムと国民の歓心を買うポピュリズムが世界に蔓延し、第一次、第2次大戦前の状況と酷似していると多くの歴史学者や政治学者が指摘する。それを加速しているのがネット社会だ。ネット社会の拡がりは多くの人々の政治参加や多様な言論を可能にした。だが短いフレーズで個人攻撃やデマ宣伝も瞬時に拡散する。トランプ氏の数々の暴言、イギリスのEU離脱派のEUへの莫大な拠出金を無くせば国民保健サービスが向上する、などはその最たる例だ。
 日本でも、これまで世論の形成に圧倒的な影響力を及ぼしてきたのは新聞、ラジオ、テレビ、雑誌などマスメデイアだった。大きな影響力を持つメデイアが情報を収集・整理し編集した上で読者・視聴者に伝え世論形成に処する役割を果たしてきた。そこには当然、メデイア側の価値観も働く。だが、インターネットの普及はすざましい。若い20代から40代の世代の人たちと話して見ると宅配の新聞を取っていない人が結構多い。情報の収集はネットとテレビで十分だという。日本のメデイア事情は地方紙などがあり欧米とは異なるとする見解もある。しかし、こうした世代の登場により日本でも欧米と同じ現象が生じる可能性は否定できない。最近出版された「政治を動かすメデイア」(佐々木毅元東大総長、芹川洋一日経新聞論説主幹共著、東京大学出版会)は、果たして日本のメデイアは偏狭なナショナリズムや浅薄なポピュリズムの防波堤たりうるか?と問題を提起する。
 近年、日本のメデイアは自らの主張を抑え客観報道を重視するよりは、自らの主張を前面に押し出した紙面や番組を制作する傾向が強まっている、と多くの識者が指摘する。勿論、メデイアが自らの立場を社論として主張し論調で競い合うことは大切なことだ。だが一紙しか読まない読者には異なる世界があらわれる。世論の分極化を招き、国民合意を難しくする面も見逃せない。メデイア側には黒か白かの選択を好むネット時代を認識し、客観的事実の収集・確認を怠らず、丁寧な編集作業を通じて多様な視点を提供する原点回帰の姿勢が求められているのではないだろうか。ネットの普及や格差の進行など社会の分断が一層進む中、メデイアは間違いなく曲がり角に立っている。
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トランプ政権誕生と民主政

 イギリスのEU離脱、トランプ政権の誕生などでポピュリズム政治の評価が新聞や雑誌の論壇で盛んである。そもそも民主主義への懸念は古くからあった。政治史をひも解くと、すでに紀元前5世紀のギリシャのポリス(都市国家)では民主政の論議が盛んに行われていた。民主政では、民衆が独裁者になり専制政治を行う僭主を生み出し必然的に崩壊すると、プラトンやアリストテレスによって民主政の問題点が指摘された。だが民主主義が本格的に統治の仕組みの中心になるのはアメリカ独立革命とフランス革命以降である。
 アメリカ合衆国では「ザ・フェデラリスト」を書いたハミルトンなど、独立と建国に携わった人々の間で、民主政に対する弊害の除去に深い関心が寄せられていた。民主政は自由な政治参加が前提になっているが、それが多数派の暴走や横暴に繋がって行くことを、どのように阻止するか、が論議の焦点になった。彼等は、古代の民主政の欠陥を念頭に政治の仕組みを共和制と命名し、権力分立制を採用する。立法機関の権力が肥大し専制政治が行われることを避けるために、立法権、行政権、司法権の分離を定める。そして互いに抑制、均衡するために各機関の独立性も定める。それでも議会の強大化が懸念されることから、連邦議会を上下両院の2院制とし、もう一つ権力の抑制の仕組みを作る。こうして近代憲法としては初めてのアメリカ合衆国憲法が制定され、18世紀末のフランス革命にも大きな影響を与えることになる。その後、民主政は各国で様々な工夫がなされ議会制、大統領制などが定着してくる。だが民主政の歩みは古代から懸念され指摘されていたとおり何度かの危機を経験する。時折、各国で偏狭なポピュリズム政治やナショナリズム政治が横行したりヒトラーさえ生まれた。社会の亀裂や不安定化により強力な為政者への願望が絶えず形成され、民主政は常に煽動政治家による独裁制の危険と隣り合わせであった。
 トランプ氏は、激しい形相と身振りで吠えるような仕草でアメリカの苦境を訴え支持を拡げた。移民を排斥し、競争相手の国々に圧力をかければアメリカは豊かさと平穏を取り戻せる、と訴えた。まるでユダヤ人を唯一の敵として扇動したヒトラーを想起してしまうほどであった。こうした訴えに現状に不満を抱く人々は魅力的に感じた。そして当初、泡沫候補扱いされたトランプ氏は大方の予想を覆して大統領の座を射止める。今後、トランプ大統領がどのような政権運営を行うかは見通せない。だが選挙戦の過程を見ると、明らかに古代から指摘されてきた民主政の持つ課題を露呈した選挙ではなかったか。トランプ政権誕生を批判したり民主主義の堕落と指摘する声もある。だが、それはそもそも民主主義の持つ制度としての本質であることを理解する必要があると思える。民主政治は有権者が無理な要求を政治に求めたり、ただ日常生活の不満をすべて政治にぶつけるなどの行為で何度も危機を体験してきた。政治家も、有権者の情緒に訴えたり、出来もしない不可能な約束をしたりすることが繰り返されてきた。有権者、政治家双方がトランプ現象を冷静に受け止め、他山の石として民主政治の陥り易い欠陥を認識する機会にしたいものである。

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友好を阻害する歴史の政治利用

 昨年、12月27日安倍総理は真珠湾を訪れ、75年前の日本軍による真珠湾攻撃の犠牲者を慰霊した。安倍首相は慰霊後の演説で「不戦の誓い」を表明し、日米両国を同盟国として結びつけたのは寛容の心がもたらした「和解の力」だと訴えた。時のオバマ大統領も、米国と日本は友情と平和を選んだ、日米同盟はアジア太平洋の安定の礎であり世界に進歩をもたらす力だ、と応じた。昨年5月のオバマ前大統領の広島訪問に続く今回の真珠湾訪問で「戦後」からの脱却が進み歴史的な意味を持つ訪問となった。アメリカはトランプ政権に変わったが、日米の絆が揺るぎなく前進することを期待したいものである。
 一方、今年5年に一度の大統領選挙が行われる韓国では朴大統領の弾劾訴追案が可決され、政情不安が続き大統領の即時退陣を求める大規模な集会が何度も開かれている。懸念されるのは大統領退陣と従軍慰安婦問題の日韓合意破棄など反日の動きが結びつけられていることだ。釜山の日本領事館前に慰安婦を象徴する少女像が設置され、従軍慰安婦問題がまたも表面化している。また地方議会の議員がつくる団体は竹島に少女像を設置する募金活動も始めた。日韓両政府の合意は無効だとする挺体協(韓国挺身隊問題対策協議会)を中心にした動きが活発化し従軍慰安婦問題が大統領選の一つの焦点に浮上している。そして大統領選出馬予定者や韓国メデイアの間でこうした動きを抑制せず、同調する風潮が拡がっている。大統領選の結果によっては、日韓両政府で合意した従軍慰安婦問題、中国の反対を押し切って決めたアメリカ軍のTHAAD(高度ミサイル防衛システム)配備、日本と結んだGSOMIA(軍事情報包括保護協定)などを一方的に破棄する事態も想定される状況だという。
 韓国では、歴史の意図的な政治利用で国内世論を引きつける政治手法がしばしば選択される。被害者と加害者の立場で「反省」「謝罪」が求め続けられ、日本の過去を批判し続けることで非理性的な国内世論が形成されてきた経過がある。日本は戦争や植民地支配などに関して何度も深く反省する一方、従軍慰安婦問題では、戦後50年にあたる95年に「女性のためのアジア平和基金」を作り、償い金、総理の手紙、医療福祉金などを韓国、台湾、オランダ、フイリピンの被害者に渡し解決に努めてきた。そして今回15年12月の「最終的かつ不可逆的な解決」の合意を確認し、10億円を拠出し韓国の「和解・癒し財団」により多くの元慰安婦に手渡された。このように日本は従軍慰安婦問題に対し誠意ある対応をつくしてきた。
 大多数の日本国民は日韓関係の悪化を相手国の不寛容だけに帰するつもりはないし、過去の植民地支配の自覚と反省も忘れない。だが朴政権の弾劾と大統領選、従軍慰安婦問題が絡んだ韓国の情勢には違和感を覚えざるを得ない。歴史の政治利用は和解を阻み未来志向の友好関係を阻害する。加害者への断罪が続けられる隣国と、和解による信頼と友好の関係を築く日はいつ来るのであろうか。


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楽観論で済むのかアメリカの変質

 アメリカ大統領選挙でのドナルド・トランプ氏の勝利は世界に衝撃を与え、論壇でも多くの分析や評論がなされている。
 経済運営では、所得税、法人税の大幅減税と大型公共投資などの「バラマキ」政策が実行されるだろうと予測され、当面はアメリカ景気が上向くだろうと想定されている。現に金利が上がり、ドル高現象が現れている。日本にも円安、株高の影響が及んでいる。だが、「米経済の好調は長続きしない、ドル高による輸出減退と輸入増で対外収支の赤字が増大する、財政赤字も膨らむ」と多くの経済学者やエコノミストが指摘する。そして国民の期待がはずれたとき保護主義が選択され、各国と貿易紛争が起こり、防衛問題などで他国に過大な要求をするなどの政策が選択される可能性が高い、と指摘する声が多い。
 こうした経済政策の心配とは別に、アメリカ民主主義の基盤が政治家や政党、国民の間で揺らいでいるのではないか、と懸念されている。建国の精神とも言うべき共和主義、民主主義は、職業、人種、性別、宗教など異質なものを認め合い寛容で他者へ配慮する姿勢が、脈々と流れ受け継がれてきた。知日派として知られるジョセフ・ナイ氏が指摘するように、アメリカは、軍事・経済の圧倒的力だけでなく、他国を文化的に、また価値観の上で惹きつける力で国際社会の覇権を維持してきた。だからこそアメリカ民主主義は、時として批判もあったが、世界中の多くの国々から尊敬の念を集めてきた。ところがトランプ氏の異質なものを排除する主張や、他国との協調を無視する発言がアメリカ国民の支持を得、大方の予想を覆す結果となり、多様性を尊重し配慮する多民族国家アメリカ自由主義の伝統の危機を感じる結果となった。宇野重規・東大教授の「保守主義とは何か」(中公新書)によれば、「保守主義とは単なる排外主義や復古主義でなく、根底に自由を必要とする。保守主義は伝統や習慣を尊重する立場だが伝統や習慣はただ固守すればいいのではなく、過去から受け継ぎながら更新し、未来へ引き渡して行くことが必要。その営みを進めるためには個人の自発性、それを許す自由な社会環境がなければならない」とする。こうした多様性と自由を尊重する立場は保守主義であれ、リベラリズムであれ、アメリカ社会の共通の認識だった。トランプ氏は、そうしたアメリカ政治や社会の伝統に真っ向から挑戦する言動で国民の支持を集めた。伝統的な保守の理念よりも、米国第一主義、内向き、保護主義が声高に主張された。選挙を通じて片隅へ追いやられた建国以来のアメリカの政治文化はどう変わって行くのだろうか。「選挙戦で言っていたことは、大統領に就任すれば修正せざるを得ない」という楽観論で済ますことは出来るのであろうか。アメリカ国民の精神の変質を懸念せざるを得ない。



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